サヘルの夜明け−11
警察署からウマルの運転で出発すると、1区の目抜き通りから群衆の声が聞こえた。
どうやら、政権を支持するキリスト教徒を中心とした人々と、ムスリムを中心とした反政権派の人々のデモ隊が衝突しているらしい。
罵声や怒声のほかに悲鳴も聞こえてくる。群衆の騒然とした声の数々に、美紀は耳をふさいで俯いていた。
助手席にいる唯斗は、外交官として情報収集を行う必要もあるため、デモ隊が衝突する通りが窓から見えるたびに注目した。男性ばかりだが女性の姿もある。あちこちで車やタイヤが燃えているのか、煙も上がっていた。
まだこれくらいなら、たまに起こることだと言える。だがこれ以上の暴力の衝突が始まればあっという間だ。
今日もすでに、シャールヴィルで連続爆破テロが発生し、デルタ州知事が殺害されている。ラヴァルヴィルもじきに軍が出動し、戒厳令が出るだろう。
デモ隊の衝突による渋滞で、大使館に戻ってこれたのは11時過ぎだった。
加奈子と美紀は公邸に戻り、唯斗は大使室に上がって駐ガーナ日本大使館に電話をかける。
すぐにつながり、大使の佐伯が出た。
『駐ガーナ日本大使館の佐伯です。この番号はピナルエサヘルですか』
「もしもし、こちら駐ピナルエサヘル日本大使館の二等書記官、雨宮です」
『聞いているよ、大変だったね。私が広域大使として赴任したが、とはいってもそちらには行けそうもない』
広域大使とは、複数の国の大使を兼任することだ。佐伯はすでに、ガーナとオートボルタ共和国の大使を兼任しており、3か国目となる。ちなみに、隣国のコートジボワールの日本大使はマンデ共和国の大使を兼任している。
『大変だろうが、今が踏ん張り時だ。恐らく今日にでも自衛隊が派遣される。早ければ17日にも退避できる。まずは大使館の閉鎖に備えて重要書類の整理、貴重品や現金の確認などをしておくように』
「はい」
『撤退することになったら、その場その場で決断するほかない。自衛隊の輸送機に拘らず、とにかく乗せられるときに邦人を乗せるんだ。どの国でもいいが、なるべくロシアと中国は避けた方がいい。最も重要なことは、邦人を空港に安全に集合させることだ。可能なら移動手段を用意してやれれば言うことなしだ』
佐伯もキャリアが長く、ミャンマーのクーデターなどを経験しているらしい。様々な指示・指導を受け、最後に「がんばれよ、何かあればすぐ連絡するように」と言ってくれた。
若手外交官がただ一人残され邦人保護にあたることになっている、ということは、外務省や周辺国の大使に共有されているらしい。
恐らく、米国やフランスなど主要国の日本大使館にも共有され、邦人保護のために世界的な協力体制を築いてくれている。
また、佐伯は明日ガーナに送られる二人の遺体を引き取り、日本に帰国させる残りの手配もすべて請け負ってくれた。おかげで、唯斗の通関手続きはガーナまでで良いことになる。
いったん領事業務室に戻ると、インナとクレアがテレビにくぎ付けになっていた。国営放送のニュースだ。
『国軍の東方師団がクーデターを宣言しました。繰り返します、国軍東方師団はシモン政権に対するクーデターを宣言しました。救国革命軍ARSNを名乗り、JMASに合流するべくジャーリバ州からの進軍を明言しています』
現在の大統領、シモン率いる政権に対して、ジャーリバ州の国軍がクーデターを起こすらしい。経済政策の不振やテロに対してなすすべなく屈していることを批判し、国家を統一して救うために立ち上がった、とのことだ。
軍閥化していたのだろう、東方師団は丸ごとクーデター軍となっており、フランス語で救国革命軍/ARSN(Armée révolutionnaire pour le salut national)を名乗っている。
『ジャーリバ州知事はARSNへの協力を表明しており、西へと進軍を開始するとのことです。シモン大統領はすでに全土に戒厳令を出しており、ラヴァルヴィルでは夜間外出禁止令が出た直後です』
これにより、ピナルエサヘル共和国には5つの武装勢力が割拠することになった。
西のマンデ共和国と国境を接する西部3州の独立を宣言した、ムスリムのマンデン系民族を中心とするDASAK。
南方高原州のムスリムモーレ人で構成されるCMM。
ISの流れを受けたISニジェール州を名乗るISN。
デルタ州でムスリムプラ人が組織したJMAS。
そして国軍の一部がクーデターを引き起こしたARSN。
このうち、DASAK、CMM、ISは連合を形成しており、ARSNとJMASが合流を目指している。そのため、大きくは政権を加えて三つ巴の状態だ。
すでに戒厳令が出され、今ほどラヴァルヴィル市内も夜間外出禁止令が出たようだ。