サヘルの夜明け−15
14時頃、インナとクレアが帰宅し、一人になった領事業務室で、唯斗は本省に電話報告を行う。いつもの緊急連絡室だが、唯斗がかけると、担当者は別の人物に取り次いだ。やはり大使館閉鎖と退避に伴い、危機管理の上位者に担当が変わったらしい。
「大使館の閉鎖措置、および機密情報の破棄は完了しました。また、大使の妻、一等書記官の妻子の計3名も公邸にいます」
『お疲れさまでした。こちらは自衛隊機の派遣が決定され、先ほど出発しました。C2、KC767、C130の各輸送機が1機ずつです。途中で中継する必要があることから、すべてのジブチ基地到着はピナルエサヘル時間の17日10時頃を予定しています。うまくいけば同日中、遅くとも翌日にはラヴァルヴィルに着陸可能です』
完全にスーダンなみの陣容だ。ハマス侵攻時のイスラエルからの退避はKC767だけで行われたことを考えると、ここまでの輸送機の派遣はスーダン以来となる。
C2輸送機は航空自衛隊が保有する国産の輸送機で、自衛隊の輸送機としては最大のものだ。運用中のものは16機あり、2021年のアフガニスタン退避、2023年のスーダン退避で主力となっている。貨物室の定員は110名であり、輸送力だけでいえばC2だけで邦人退避は十分だ。
一方、C130輸送機は米国製であり、広く西側諸国で運用される輸送機だ。定員は92名、こちらは予備での派遣である。スーダンなみに状況が悪いため、C2だけで輸送できなかったときに備える。ここでの輸送できない、というのは人数ではなくタイミングの話だ。
空港の利用可能時間は限られている。戦闘が起きていればなおさらであり、C2がラヴァルヴィル空港にいる間に邦人の移動が間に合わなかった場合には離陸してしまう。そのときに使われるのがC130だろう。
KC767は空中給油が可能な輸送機で、今回は派遣される自衛隊員と物資を乗せるためのものであるのと同時に、作戦の幅を確保する意図がある。
「丸三日から四日の忍耐、ですね。食料の備蓄は問題ありませんが、陸路で市内から空港に移動する際、状況によっては困難です。スーダンのときのように、疾風の派遣は検討されていますか」
『市内が戦闘状態でなければ。しかし難しいでしょう。ハルツームのときのように、国内での陸路移動が今回も想定されます。その場合、ラヴァルヴィルからウーロ・ジャムまでの移動となりますが、情勢を鑑みると武装した自衛隊員を高機動車に便乗して邦人を輸送する、というのは難しいかと』
自衛隊が保有する高機動車、通称・疾風は、よく自衛隊員を乗せて高速道路などを走っているのを見かけるような車で、10人を乗せられるという。
スーダン退避において、ハルツーム空港が空爆されたことでポートスーダンまで陸路移動が必要になったときも、疾風の派遣が検討されていた。結果的には、よりスーダンを熟知したサウジアラビアとUAEが国連職員のついでに日本人も護衛輸送してくれたため、自衛隊はポートスーダンからジブチ基地への輸送のみを行っている。
地理的なデータ不足に加え、戦闘が起きている現場で武装した自衛官を陸路移動させるとなると、偶発的な戦闘になりかねない。国としては、自衛隊が戦闘を行う事態を最大限避けたいのである。
「…分かりました。移動手段はこちらも手配を試みます」
『お気をつけて』
通話を終了し、椅子の背もたれに深く体重をかける。深くため息をつき、最大の難問に頭を悩ませた。
やはりネックになるのは、邦人の空港への移動だ。全員が車を持っているわけではないため、移動手段がない。状況からタクシーは使えないだろうし、運転手に何を要求されるか分からず危険だ。市内の検問のこともある。
「…考えても仕方ねぇ、動け」
自分にそう言い聞かせ、唯斗は勢いよく立ち上がる。もう自分しかいないのだ。