サヘルの夜明け−19


ウマルにバンのキーを渡して大使館まで運転してもらう一方、唯斗は公用車を運転して帰るつもりだったが「俺が運転しよう!」とリチャードに言われたため、リチャードに任せることにした。

地下駐車場を出て、ウマルが運転するバンに続いて通りを走り出す。


「おお、やはり日本車はいいな!走りやすい!一度外交公用車を運転してみたかったんだ!」


楽しそうに話すリチャードに、これは単に運転したかっただけだな、と理解する。傭兵にしては非合理的な行動をとるものだ。
本来、要人警護ということなら運転はしない。ほかに運転手がいないならまだしも、唯斗は自分で運転できる。それなら、銃を撃てるようリチャードは手を開けておくことを選ぶ場面である。

もちろん、今の市内の様子ならそこまで警戒する必要はないため、リチャードは不要な警戒より自身の好奇心を選んだというだけのことだろう。
だが、傭兵がそういう感情を表にすること自体が珍しく思えた。


「…お前、変わってるってよく言われるだろ」

「よく分かったな!今回の任務も、俺がリーダーと聞いて部下になった者たちが嫌そうにしていたな。彼らが優秀でよかった!」

「その部下たちはどうしたんだ?」

「護衛対象とともに空路でパリに向かったぞ。俺は後処理として一人で残っていたんだ」


リチャードの話によると、彼らがラヴァルヴィルで行っていた任務はフランスの鉱業会社の社長を護衛することだったそうだ。植民地時代の名残で、いまだにピナルエサヘルの一部の金鉱山はフランス企業が有している。その社長が、テロで狙われているため護衛として派遣されたのだそうだ。

任務は無事に終了し、部下たちは最後まで護衛するためフライトに同乗。リチャードは追跡を防ぐために、この企業が入っていたオフィスビルで事後処理の工作活動を行っていた。
リーダーがやるのか、と思ってしまうが、工作後は自力で陸路による脱出をするという大変な仕事であるため、能力的にリチャードが率先して残ったらしい。


「ちゃんとリーダーなんだな」

「そこは疑わなくていいぞ。だがまぁ、工作業務を引き受けたのは別の理由もあった」

「別の理由?」

「観光だ!世界遺産のモスクを見てみたかったんだ。任務中は自由時間なんてないからな」


やはり自由だ。任務としては結果的に合理的であることも悪質である。こんな男でも優秀なのか、優秀であるがゆえに常人とは違うのか、唯斗には判断がつかなかった。


「…あっそ。そんで、工作終了後、現地協力者と報酬をめぐってトラブルになってた、ってことだな」

「そういうことだ!」


あのビルに入居していたのが護衛対象の企業であり、任務終了後、現地協力者と揉めていた場面に唯斗が遭遇した、という経緯だ。
怪しい人物ではないし、能力自体は警備会社からも認められている様子なので、とりあえず安心する。

新ビジネス街から日本大使館方面へ向かう大通りに出て渋滞に捕まると、リチャードはこちらを見やる。


「それで、なぜあんなことをしてまで俺に依頼を?相当切羽詰まっていなければ、あんなことはしないと思うが」

「相当切羽詰まってんだよ」


唯斗は視線をリチャードから前方に向ける。ウマルが運転するバンは2台先になっていた。ひどい渋滞ではなさそうだ。


「…日本大使館は、大使1名、外交官2名の3名体制だった。俺は一番若手で、まだこの国が3か国目の赴任先で経験も浅い。なのに、大使ともう一人の外交官が、昨日テロで亡くなった。空港での爆発に巻き込まれたんだ」

「な…っ、それは、残念だったな。というか、唯斗一人で大使館を回してるってことか?」


リチャードは驚いてはいたが、あっさり「残念だった」という言葉だけで済ませてくれた。死が身近な職業だけある、その軽さがありがたかった。


「外交官としては俺一人だな。この国にはまだ30名あまりの日本人が残されている。俺は外交官として、彼らを保護し、日本に帰さなきゃならない。何をしてでも」


そう言って再びリチャードに視線を向ける。リチャードは真摯にこちらを見つめていた。


「だから力を貸してほしい。必要な分の金はすべて国が払うから、最大限の力を発揮してほしい。日本国政府を代表して依頼する」

「…あぁ、その依頼、確かに承った!必ずや、君と日本人が祖国に帰るまで君を守ろう!俺をも救ってくれたその覚悟、俺の100%で応じるぞ!」


爽やかな笑顔でそう言ってくれたことに、救われた。一人で抱えるには重すぎる責任に押しつぶされそうな唯斗にとって、その負担そのものが軽くなるわけではなかったが、確かに心を軽くしてくれたのだ。



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