サヘルの夜明け−20


大使館に戻ると、ウマルも退勤時間となるため帰宅し、大使館には唯斗含む日本人とムーサ、リチャードだけとなる。

ムーサにリチャードを紹介し、唯斗の護衛として大使館の警備に加わることを話すと、ムーサも「C4Sの傭兵なら心強い」と安心したようにしていた。といってもムーサも元軍属、そこらの強盗など敵ではない。

佐伯大使に報告する必要があるため、リチャードへの大使館の敷地や構造の説明をムーサに任せ、唯斗は先に領事業務室で電話をかけた。ガーナとピナルエサヘルに時差はない。


『佐伯だ、そちらはどうだ?』

「市内は落ち着いています。デモ隊はあらかた片付けられました。大使館の閉鎖や機密破棄は完了、現地人の大使館関係者への説明も済んでいます。また、警備員が二人に減ってしまっていましたが、新たに英国の民間警備会社C4Sの傭兵1名に護衛を依頼できました」

『そうか、護衛を増やせたか。それはよかった。よくC4Sの傭兵を捕まえられたな』

「本当に運が良かったです。傭兵が常駐してくれるので、警備はこれまで通り昼夜で交代制を維持します。また、四葉自動車の社用バンを1台提供してもらえたので大使館に持ち帰っています。全員の輸送はできませんが、事前に市内を回って回収することはできるかと」

『良い判断だ。ただ、恐らく退避時の邦人数は30名前後で変わらないだろう。民間機のラヴァルヴィル空港の利用は明日が最終となる公算が高い。当然、全便満席だ。現地協力者も入れると、空港への移送はバスが必要だ』


佐伯が仕入れた情報なら確かだろう。まだ国内でのアナウンスはないが、佐伯の言う通り、民間機のラヴァルヴィル空港の離発着は明日で終了することになる。
そうなると、明日の民間機での脱出ができなかった邦人がまるまる自衛隊機の退避対象となる。
30名を切るかどうかといったところになるはずで、そこに現地人の大使館関係者と家族を加えれば、大型の観光バス1台、もしくは中型のバス2台が必要だ。


「明日、日本の旅行会社が提携している現地旅行会社に行ってみます。大使館の運転手が中型バスまでなら運転できるそうなので、中型バス2台と運転手1名を確保できるか交渉してきます。この運転手と家族も本邦への退避を許可してよいでしょうか」

『許可しよう。現地人の協力者の範囲は現場外交官の判断に一任するものとする。気にせずカードとして切りなさい』


当然、野放図に難民を受け入れるということではないし、唯斗も佐伯もそういう意図ではないと理解している。一方で、避難させる範囲を唯斗に一任とするというのは、その責任を佐伯が負うということだ。頼りになる人が臨時大使になってくれてよかった。

いくつか細かい点を話したのち通話を切ると、カウンター越しにリチャードが声をかけてくる。


「今大丈夫か?」

「あぁ、施設のことはムーサから聞けたか?」

「問題ないぞ。次は施設の中を確認したいんだが、さすがに大使館の中を歩き回るわけにはいかないよなぁと思ってな」

「分かった、案内する。一緒に寝泊まりしてもらう部屋も案内するな」


唯斗は領事業務室を出て、リチャードとともに階段に向かう。


「地上階は管理室と領事業務室、ロビー、倉庫で、地下階も倉庫だ。運転手のウマルは管理室にいる。ガソリンは地下倉庫に保管してある。1階は大使室と事務室、倉庫、外交官客室、あとは簡易キッチンだ」


1階に上がって各部屋を示す。リチャードは興味深そうにしているが、質問がないあたり一瞬ですべて覚えているようだ。


「リチャードはここの部屋を使ってくれ。隣は俺が滞在する」

「大使室のあるフロアでいいのか?」

「もう機密破棄してあるし、どのフロアでも同じだろ。素人の隙をつくならな」

「ま、それはそうだな!」


リチャードには、倉石が宿泊する予定だった部屋を宛がった。加奈子が掃除してくれていた部屋だからだ。
客室に入って、唯斗は窓の一つを開けてシャッターを少し開く。


「ここの窓は正門側。基本的には窓は締め切りにする予定だ」

「それがいい。それにしてもすごいな、今日泊まる予定だったホテルより豪華だ!」


オフィスから出発する際、リチャードは自分の車から荷物を回収していたが、車はそのままだった。ガソリンも少なく使いづらいため捨てたのだそうだ。
そしてリチャードが持ってきた荷物のほとんどは、当然、銃や銃弾である。


「廊下を挟んで反対側が俺の部屋。そこからは裏門と公邸が見える。公邸には大使の妻と亡くなった外交官の妻と子がいる」

「君の家族は?」

「いない。独身だからな」

「それはよかった」


お茶面に言ったリチャードに唯斗はため息をつく。
そろそろ夕食の支度をする必要がある。加奈子とは大使館の備蓄の話をしなければならない。


「上のフロアは客室と倉庫だけだ。自由に見てきていい。大使室と事務室も見ていいけど、めぼしいものはない。俺の鍵がないと入れないのは地下倉庫、地上階の領事業務用倉庫、1階の貴重品倉庫だ」

「了解」

「じゃあ、俺は夕飯のことで大使の妻と相談してくる。籠城用に30名あまりが数日食いつなげるようにはしてあるから、当面そこの心配はしなくていい。あとは好きにしてていいぞ」

「分かった、いろいろ確認させてもらうとしよう」


いろいろ、とは戦うための確認だろう。詳しく聞くのは精神衛生的に良くなさそうなので掘り下げず、唯斗は頷くだけにとどめた。



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