サヘルの夜明け−25
その後クレアとウマルも出勤し、唯斗は予定通り、リチャードを連れて空港へ向かうことにした。
ウマルの運転で空港へと走るが、やはり空港への道、ダンババ通りは渋滞する。ダンババは独立時の初代大統領の名前だ。ダンババ通りは、ラヴァルヴィル南東にある空港から3区へと北上し、3区からは1区に入って新ビジネス街を通って旧市街を抜け、7区にある世界遺産のオールドモスク、通称「泥のモスク」を通って国道に至る主要な道路である。
そうして1時間ほどして午前10時過ぎ、空港に到着し、ウマルを車に残してリチャードと空港に入る。
敷地に入るときに検問があり、ここですでに荷物検査がある。リチャードは護衛として銃火器を携行する許可証が国から与えられているため、それを見せて銃火器を通す。傭兵はこの国では珍しくないため問題にもならず、同行者が外交官である唯斗ということもあって素通りだ。
そしてターミナルに入るが、ここでもX線検査がある。
これも同様に抜けると、チェックインカウンターが並んだ一角に規制線が張られ、破壊されたカウンターと黒ずんだ床が見えた。大使たちが亡くなった爆発テロの現場だ。
それを見て息を飲むと、リチャードは唯斗の肩を抱いて先に進む。その温もりに安心し、そっと息を吐き出した。
「…悪い、大丈夫だ」
「謝る必要はないぞ」
「ん、じゃあ、ありがとな」
「あぁ!」
やはり邪気のない笑みだ。傭兵のやることではないが、ただの優しい青年の言動の範囲ではあるだろう。
唯斗はリチャードの腕が離れたところで歩き出し、貨物のカウンターへと向かった。
そして遺体の通関手続きを済ませると、実物の確認を求められたためスタッフに連れられ貨物上屋へ通される。
コンテナやパレットという貨物を乗せる板の合間、貨物の中に棺桶が複数並んでいた。そのうち、日本の国旗が印刷された2基が橋本と倉石のものだ。
封印前のため、蓋を開けて中を確認する。間違いなく二人のものであり、大量の保冷剤が隙間なく敷き詰められていた。腐敗こそしていないが、日本の水準からすれば綺麗な姿とは言い難かった。一刻も早く帰国させてやりたい。
問題ないことを伝えれば、その場でスタッフが蓋を閉めて封印する。封印シールの番号を通関書類にスタッフが書き写す傍ら、唯斗は棺桶の前で手を合わせ、目を閉じて頭を軽く下げる。
宗教が違えど、故人への祈りとは分かるものだ。スタッフたちの沈黙が、邪魔をしないようにという配慮だと分かる。
本来、大使がテロで死亡したとなれば閣僚級の高官、場合によっては大統領が挨拶に来てもおかしくない。だが、テロを恐れた政府関係者たちは、誰一人としてキリスト教徒が大半を占める中央東州のウーロ・ジャムから出てくることはなかった。
それもまた、日本側のピナルエサヘルに対する態度を硬化させる理由となっており、日本政府は普段の外交上の通例よりもずっとピナルエサヘルに対して冷淡な態度を取っている。
そうしてすべての手続きが終わり、11時半、無事にフライトが飛び立ったのを見届け、空港での業務は終了となる。
「…よし、じゃあ行こう」
「あぁ。次は旅行会社だったな」
何も言わないでくれるリチャードには内心で感謝しつつ、建物を出て駐車場に向かう。すでに太陽光によって気温は30度近くまで上がっており、いつもの暑い快晴だった。
飛行機のエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながらウマルに合流し、やはり暑い車内に辟易としながら車は出発し空港を出てダンババ通りを北上する。
例によってウマルには紙の地図で行先を示してある。
「次の旅行会社はどこにあるんだ?」
「4区、そんな遠くない」
3区の西側にあり、空港からは市内中心部を通らずに行ける。渋滞もあまり予想されないため、そう時間はかからないはずだ。