サヘルの夜明け−26
渋滞せず時間がかからない、という見立ては外れた。
ひどいものではないとはいえ、進みが遅い道路をのろのろと走っているが、これはこれでもう一つの目標を達成できそうだった。
今、唯斗の車は市内中心部から少し南西に外れた場所に差し掛かっているが、ここまでデモ隊の群衆が迫ってきていたのだ。
そしてそのデモ隊は、もはやデモ隊といっていい規模ではなくなっていた。
後部座席の右側に座る唯斗は窓を開けて群衆の喧騒を直接耳に入れる。左側に座るリチャードも身を乗り出して、唯斗の肩を抱くようにして窓の外を見ていた。密着する姿勢は正直暑くて嫌なのだが、渋滞しているこの通りの一本向こうで起きている衝突はよく見ておく必要がある。
「見ろ唯斗、あのグループ、かなりしっかり武装してる。まだ撃ってないけど、いつやってもおかしくないぞ」
「あれを警戒して警察が少ねぇのか。これは最初から軍が出てくるな」
反政権デモ隊の一部に、武装した集団がいるのだ。車に乗って窓から身を乗り出し銃を構えて口々に叫んでいる。警察の数が少ないのは、こうした武装した集団があちこちに紛れているからだろう。
武装した男たちは、恐らくプラ人だ。叫んでいるのもプラ語で、フランスと中国に搾取されながらその利権をむさぼる政府への批判だが、それは単なる批判を超えた憎悪、ヘイトスピーチにあたるものだった。
「…なるほどな。ウスマンが言ってた銃を配ってるやつらってのは、多分ISNだ」
「なんで分かるんだ?」
「あの銃を持ってるやつらはプラ人だ。単純に考えて、マンデン系ならDASAK、モーレ人ならCMMが手引きするはずだが、彼らはプラ人であり、民族ナショナリズムに端を発するDASAKとCMMがプラ人に銃を配布するのは考えづらい」
キリスト教プラ人優遇に反発して成立したDASAK、キリスト教のプラ人とモーレ人に反発して成立したCMMがプラ人に武器を渡すのは考えにくい。そもそも、これらの勢力はまだラヴァルヴィルに入ってこられるほど北上できていない。
「西部3州にいるDASAKと南方高原州にいるCMMが大量の武器を配布できるほど市内に橋頭堡を築けているとも考えられない。一方、反政府勢力であってもDASAKとかの民族主義に反発するJMASでもないはずだ、JMASは民族差別的な主張をしない。彼らはプラ語で外国人嫌悪を叫んでいることからも、あれはISに共感するムスリムプラ人と考えるのが合理的だろ」
イスラム国ニジェール州を名乗るISNは、ピナルエサヘルにおけるISの組織であり、特に異教徒・外国人の排斥を強く掲げる主張をする。
ISNはデルタ州南部を制圧しており、北部のシャールヴィルで爆破テロを起こしていることからも、デルタ州全体に拡散しているだろう。大使たちが亡くなったラヴァルヴィル空港爆破テロもIS系の犯人による自爆テロであったことから、恐らくデルタ州から中央州まで広く中西部一体に活動範囲をすでに広げている可能性が高い。
「なるほど、確かに。さすが外交官だな」
「これが仕事だしな。そんで、考えうる範囲では最悪のルートだ。IS系が市内に相当数いるとなると、治安は一気に悪化する。市民が気づいたら、一斉に大脱出が始まるぞ」
国内で活動する勢力のうち最も過激なのがISNであり、キリスト教徒に対して無差別で殺傷を繰り返している。それに感化されたムスリムのプラ人やモーレ人が配られた銃を手に取るのだ、一気にラヴァルヴィルの治安は崩壊する。
するとそこに、デモ隊の方から銃声が響いてきた。数十メートルという近距離での銃声と悲鳴に、さすがに驚いて息が止まった。
「っ、」
「窓を閉めよう」
リチャードは落ち着いて窓を閉める。ウマルに左折して離れるよう指示し、すぐにウマルはハンドルを切って車を無理やり交差点に乗り入れて別方向に走り出した。
「大丈夫、この距離なら問題ない。それに俺がついてる」
優しく囁くように言って、リチャードは唯斗の手を握る。いつの間にか手が震えていたようだ。
昨日も銃声は聞いたが、距離は遠く警察や軍によるものだった。だが今回はすぐ近くでデモ隊によるものだ。もうあれはデモ隊ではなく暴徒と言うべきだろう。
こういうことが、今日にでも市内各地で散発するのである。