サヘルの夜明け−32
2024年1月15日
佐伯が言っていた通り、14日の最終便をもって、ラヴァルヴィル空港の民間機の離発着は禁止された。
現時点での邦人の数は29名、うち大使館関係者4名とJICA職員5名を除く民間人は20名である。この人数が、自衛隊機で避難させる第一目標となる。
報道では、すでに米国や欧州の民間人は各国軍による退避が今日にも開始されることになっていた。日本人の退避はもう少し先となるほか、NGOや国連などはさらに避難が遅れる見込みである。
政府軍は反政府勢力の拠点に空爆を繰り返しており、DASAKが集中するティガドゥグー、DASAKの攻撃部隊とCMMが集まるラジュバドゥグー、ISの拠点があるデルタ州南部、JMASの拠点となっているシャールヴィル、そしてARSNの本体があるジャーリバ州陸軍基地周辺などが壊滅的な被害となっていた。
追い立てられるように市民の避難が続き、ラヴァルヴィルには南方からの国内難民が押し寄せているほか、ムスリムを中心に東部へ避難する動きも活発化している。
一方、ラヴァルヴィル市内は政府軍の巡回によってやや治安が回復し、1区では部分的に日常生活が回復している。ただ、ビジネス街は閑散としており、普段よりずっと外に出る市民の数は少ない。モスクや教会には、ネットが使えず情報収集のために人が集まっているらしい。
そんな中で15日の朝を迎えた。
唯斗はいつも通り朝の支度を終え、7時に地上階に降りると、普段は聞かない子供の声が階段の上まで聞こえてくる。プラ語であることから、ちょうどウマルが家族を連れてきたところなのだろう。
「おはようウマル、問題なかったか?」
「おはようございます唯斗さん。はい、問題ありません。こちら、妻のサンガレ(Sangaré)と子供です」
「サンガレです、この度は大使館で保護していただきありがとうございます」
ふくよかな女性が深々と頭を下げる。日本人はこうする、ということを知っていてのことだろう。この国の人は普通こんなことはしない。不慣れだからか90度近く腰を曲げており、謝罪の領域だった。
それに苦笑しつつ唯斗は自己紹介をする。
「外交官の雨宮唯斗です。気軽に下の名で呼んでください、スタッフは皆そうしています」
「はい、唯斗さん。さぁ、あんたらも挨拶しなさい」
サンガレに促され、子供たちも唯斗の前に出てくる。男の子二人、女の子一人だ。
「よろしくお願いします!」
「え、日本語?」
なんと、子供たちは拙いながら日本語で挨拶をした。ウマルは自慢げに笑う。
「いつか日本に留学させたくて、独学ですが日本語を学ばせているんです。ほら、アプリでいろいろあるでしょう。きっと、日本の学校でも馴染みやすいと思います」
フランス語話者にとっては難しい言語なのだが、子供は覚えもいい、もともとプラ語とフランス語のバイリンガルとして育てられることからも日本語の習得は確かにハードルが低いだろう。学校で馴染めるかどうかは保証できないものの、黒人で明らかに日本人と異なる見た目ながら日本語がある程度できれば、クラスでもギャップがウケるのではないか。
それにしても、本当にウマルは日本が好きなのだな、と感心してしまう。常々日本を尊敬していると言っていたし、お世辞とも思っていなかったが、留学させたいと思うほどだったとは。普通、この国の人はコートジボワールやチュニジア、フランスへの留学を希望する。
「そうか、じゃあ日本語の成果を発揮するのが楽しみだな。じゃあウマル、早速で悪いが、バンを使ってウスマンの家に向かってくれ。場所は大丈夫か?」
「はい、地図に示しもらってますので」
「頼んだ。奥さんたちは俺が居室に案内する」
ウマルにはウスマンの迎えに行かせ、唯斗はサンガレたちを2階の客室へ案内する。
ウマルを見送ったあと、サンガレと子供たちを2階に案内し、入ってはいけない部屋などを示しながら、ウマル一家に宛がう部屋に通す。
2階には客室が4室あるが、このあとムーサとウスマンの家もやってくるほか、邦人が大使館に保護を求めてやってくる可能性もあるため、手狭で申し訳ないが一家で一部屋としている。妻や女の子の安全という意味でも、一家で一部屋の方がいい。
そのうちの一室に通すと、子供たちははしゃいで二台並んだベッドに飛び乗った。
「手狭で申し訳ない」
「まさか!今暮らしている家よりもずっと豪華です」
「それはよかった。カーペットがあるとはいえ床で寝てもらうことになります、今日は自分たちが使う部屋の掃除をしてもらえますか」
「もちろんです。ほかにもお手伝いできることがあれば何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます。食事ですが、持ってきてもらった備蓄がなくなったら教えてください。大使館での共同備蓄での食事に切り替えてもらいます」
施設の説明や掃除用具の場所、安全のため窓の開放は最小限とすることなどを話してから、唯斗はサンガレたちと別れて地上階に降りようとしたが、そこに屋上へ通じる階段からリチャードが声をかけてきた。