サヘルの夜明け−37
12時過ぎ、各家庭が各々持ってきた備蓄で昼の準備を始めていたころ、遠くから銃声が聞こえるようになってきた。
もう暑い時間ということで、リチャードは1階で窓のシャッターを少し開けて外の警戒にあたっており、唯斗は正門側に面したリチャードの客室に向かう。
ノックをすると「入っていいぞ」と返されたため、扉を開けて室内に入る。エアコンが効いており涼しく、少し開いたシャッターから入る日差しで若干明るい。
「南の方から銃声がする気がしたんだけど」
「合ってるぞ。10区からだろうな。各勢力が市内侵入に向けて橋頭堡の構築に奔走してる」
「そのために戦ってるのか?」
「いや、銃を配ったやつらに襲撃をさせて隠れ蓑にしてるんだろう。そのうち、市内のあちこちで小規模な戦闘が起きるようになる。これはもうデモ隊の衝突っていう次元じゃない」
いよいよ本格的な市街戦が始まろうとしているということだ。まだムーサたちは戻ってきていない。
「この辺でも戦闘になりそうか?」
「この辺りは普通の住宅街だからな、あまり戦闘にはならないと思うぞ。ただ、ムーサがいる北部からこっちに向かう途中は危険だろうな。無事だといいが…」
そう話していたまさにそのとき、北の空に大きな黒煙が上がり、直後、腹に響くドン、という音が地面と空気を震わせた。あれは1区の方だ。
つい驚いてリチャードのTシャツの裾を掴むと、リチャードは小さく笑って唯斗の背中を撫でる。
「大丈夫、あれは旧市街の方だな。ウマルのことだ、テロや銃撃が続いていた中心部は避けているさ」
「あっちは大使館も多い。大丈夫、ってことはねぇけど…でもありがとう、ちょっと落ち着いた」
「ハグもつけるぞ?」
「結構だ。テレビで情報確認してくる」
すげなく断った唯斗にリチャードは残念そうにしたが、唯斗はどこで爆発があったのかを確認する必要があるため、領事業務室に降りてテレビをつけた。
国営放送はすぐに爆発のことを報じており、その場所に唯斗は目を伏せる。
場所は1区の旧市街と、北部のムスリムが多い6区と7区とを分けるラヴァル川に面した市内最大の市場、オールドマーケットだった。ラヴァル川はニジェール川から灌漑用に引いた水路であり、10月2日湖という巨大なため池に至る。10月2日はこの国が独立した日だ。ラヴァル川はキリスト教徒が多い市内中心部とムスリムが多い北部との境界線でもある。
昼時ということで多くの市民が集まっていたマーケットは、大規模な爆発によって凄惨な状況だった。この国は遺体にモザイクをかけるということをあまりしないため、爆発によって天井が落下し多くの商店のテントがぐちゃぐちゃになった合間に、血溜まりの中でたくさんの人が倒れている様子をそのまま映していた。
すると、外から正門が開く音が聞こえてきた。車が入ってくるタイヤの音もしたため、ウマルが帰ってきたのだろうと大使館を出る。
正門が閉じられると同時に、駐車場に停車したバンからはムーサ一家がぞろぞろと出てきた。
「ムーサ、無事でよかった」
「こんにちは唯斗さん。ウマルが良いルート選択をしてくれたので。市内はあちこちで小規模な衝突が起きています。マーケットの方もテロがあったとか」
「あぁ、爆破テロだ。さすがウマル、ダンババ通りは通らなかったわけだな」
大使館のある市内南部の3区から市内中心部を通って北部へと抜けていく大通り、ダンババ通りはオールドマーケットも通る。本来はこの道が最短ルートだが、ウマルはこれを避けていた。
ムーサに続いて、スレンダーな美人が出てくる。妻だろう、ムーサはすぐに紹介する。
「こちらは妻マリー(Marie)です」
「マリーと申します、保護していただき感謝します」
「はじめまして、外交官の雨宮唯斗です。かしこまらず気軽に接してください」
二人に続いて子供たち4人もわらわらと出てくる。男子二人に女子二人とバランスが良い。道中で銃撃戦などがあったからか、どこか怯えている様子だった。
「まずは部屋に案内しますので、荷物を置いて休んでください。昼食のことは、ウスマンの家族がもう来ているので、彼らに教えてもらうようにしましょう。ムーサ、早速で悪いが警備の準備を頼む」
「了解しました」
市内の状況が再び悪化し始めたため、ムーサも警戒するべきときだと理解している。唯斗は不安が子供たちに伝わらないよう平静を維持し、マリーたちを連れてムーサ一家に宛がう部屋へ連れていく。
2階に上がり、豪華な部屋に子供たちがようやく元気になったところで、サンガレとアダムを紹介し、二人に昼食のことや掃除のことを伝える。しかし、掃除については二人が協力してムーサ一家の部屋もやってくれていたらしく、唯斗は協力的な二人に感謝する。
これで窓を閉め切ることができるため、掃除用に開け放していた窓とシャッターを閉じるよう指示し、子供たちも外で遊ぶときは中庭から出ないよう言いつけることを頼んだ。
全員、外の状況が悪化していることを理解しており、子供たちの遊ぶ声が大使館から聞こえれば怪しまれるリスクも分かっていた。
あとのことを任せたところで、1階でリチャードに声をかける。
「リチャード、ムーサの準備ももうできてると思う。ウスマンと3人で警戒態勢について必要があれば話しておいてくれ」
「分かった」
リチャードは頷いて部屋を出ると、ウスマンたちがいる正門へと向かった。
これで全員の収容が完了した。日本人が唯斗を入れて4人、現地人が19人、リチャードを加えて合計24人が滞在している状態だ。旅行会社の協力者であるエドモンたちを入れてあともう3人が来ることも考えており、さらに邦人が避難してくることも想定された。
この大所帯を、唯斗はリーダーとして管理しなければならない。リーダーシップなんてものが自分にあるとは思えないが、もうここまで来たらやるしかなかった。