サヘルの夜明け−39
その日の夜は、もはや夜間外出禁止令が徹底されている状況ではなくなっていた。
特に郊外南部の10区や11区、西部の5区などで度々銃撃戦が発生している。軍が駐屯する中心部の1区や、特にめぼしいもののない2区や3区はまだ銃撃戦というレベルではないものの、屋上から通りを監視しているリチャードは、大使館の周辺でもガラの悪い者たちや武装した男たちの姿がたびたび見られると報告してくれた。
各勢力の武装した者たちよりも、犯罪組織やごろつきが増えているのだろう。ベースの治安が悪化していることの表れだ。
窓のシャッターは閉じられているが、今晩は地上階の明かりも落とし、シャッターをしていてもカーテンを閉めるように通達してある。
唯斗も自分の客室でカーテンも閉めており、シャワーを浴びてベッドで横になっているが、それでも外から度々銃声や男たちの大声が聞こえた。
現在、ムーサは正門、ウスマンは裏門、リチャードは屋上でそれぞれ警戒に当たっており、リチャードが警備会社から貸与されているトランシーバーによって、警備3人と唯斗は無線連絡を取れる状態になっている。ここまでの警備体制が間に合ってよかった。
ベッドサイドのテーブルに置かれたトランシーバーからは、時折リチャードたちの会話が聞こえる。屋上から見張るリチャードが、接近する者たちのことを知らせ、門にいる警備二人に警戒させているのだ。
そして時刻が20時半を過ぎたときだった。
『こちらリチャード、武装した男15名あまりが正門に接近中。大使館を指さしてるから意図的にこっち来るぞ』
『こちらウスマン、1階に上がる』
これまでになく警戒の滲むリチャードの声が伝えた内容に、唯斗は飛び起きる。ウスマンも元軍属、すぐに状況を理解して1階からの狙撃ができるよう配置につくことになる。
唯斗はすぐ靴を履く。ちなみに今はシャワー後のため、薄手のトレーナーにジャージというラフな格好であり、靴も普通のシューズである。
扉まで走って扉を大きく開くと、向かいのリチャードの部屋の扉もすぐに開く。向かい合う部屋のため、リチャードの部屋からは正門が、唯斗の部屋からは裏門が見えることから、狙撃ポイントとして使えるようにしてある。
扉を開けてからトランシーバーを手に取ると、階段を駆け上がってきたウスマンがリチャードの部屋に入り正門の見える窓を開けてシャッターをわずかに開けているのが見えた。
『こちらムーサ。唯斗さん、相手は殺されたくなければ門を開けて金と食料を出せと言っていますが、どうしますか』
唯斗は一瞬迷うが、ギリギリまで戦闘にならないようにするべく、トランシーバーに返答する。
「こちら雨宮。ムーサ、まずは大使館は閉鎖されていて誰も残っていないと言ってみてくれ」
『了解。おい、警備の人間だ。残念だが本館はすでに閉鎖されており誰も残っていないし何もない』
すると突然、大きな銃声が一発響いた。すぐに金属音がしたため、近くのシャッターに当たったのだと思われる。そして同時に、2階から女性と子供の悲鳴が聞こえてしまった。
ウスマンが僅かに開けた窓から、男たちの怒声が聞こえてくる。
「おい聞いたか!やっぱ人いるじゃねぇか、それも女とガキだぜ!」
「今すぐ開けろ!ぶっ殺すぞ!」
「なめんなよ黄色いサルが!!」
これはもう戦闘は避けられないだろう。大使館を囲む塀は自動車などを足場にすれば容易に超えられるようなものだ、塀の向こうにいる間に済ませる必要がある。
事前にムーサたちは大使館の前の道路に止められていた車を移動させてくれていたが、奴らが自分で乗ってきた車を横づけすることは可能だ。
「こちら雨宮、戦闘を許可する。リチャード、決めた通りに」
『了解。ムーサも1階の配置についてくれ。俺とウスマンで牽制射撃、向こうが応戦してきたら射殺する』
リチャードがすぐに指示を出すのを聞きながら、唯斗はトランシーバーを持ったまま廊下に飛び出して階段を駆け下りる。同時に、ムーサも玄関から入ってきて階段を駆け上がっていく。
事前にリチャードとは、戦闘が避けられない状況になったら戦闘そのものの指揮権を預けること、そして唯斗は公邸の女性たちを大使館に誘導して立てこもることを決めてあった。
というのも、公邸は建物そのものが死角を作ってしまい、公邸の裏にある敷地の塀を登られた場合に気づくことができないからだ。また、守るべき建物が分散することもよくなかった。そのため、戦闘の初期段階のうちに公邸からの避難を行わせるのである。
外に出ると、ひんやりとした冷たい空気を切り裂くように、屋上と1階から銃弾が通りに叩き込まれた。これは警告射撃であり、ここで撤退してくれればこちらも追撃しない。
「おい撃ってきたぞ!」
「やれ!戦争だ!!」
「殺せ!!」
だが男たちは激高し、退く気がないらしい。応戦しててんでバラバラに大使館に向けて発砲するが、今度はリチャードとウスマン、さらに加わったムーサの三人による射撃によって、撃たれた者の悲鳴が上がる。
連続して夜空を突き抜ける乾いた激しい銃声に身をすくませつつ、唯斗は公邸に入って玄関の鍵を開けて扉を開ける。緊急時につき、自身の鍵で解錠した形だ。
「大使館に避難します!すぐ来てください!」