サヘルの夜明け−40
建物の中に怒鳴れば、もとから起きていたのだろう加奈子たちがすぐに玄関までやってくる。一様に恐怖で怯えた表情だ。
加奈子、美紀、聡太、インナ、アンリ、クレアが揃ったのを確認してから、唯斗はすぐに彼らを引き連れて外に出る。何度も鳴る銃声に、クレアと美紀が小さく悲鳴を上げた。
中庭から裏口を開けて大使館の中に入ると、唯斗は裏口を閉じて施錠する。
「大使室へ上がってください!窓から離れた場所で姿勢を低く!」
「は、はい!」
インナが辛うじて返事をして、6人はすぐ階段を上がっていく。唯斗はそのまま地上階の窓をかたっぱしから閉めてシャッターも閉じる。トランシーバーからはリチャードたちが抗戦する声が聞こえてきていた。
すべての窓を閉めて明かりを消すと、玄関の施錠も確認して階段を上がる。まずは2階に上がり、ちょうど扉を開けて様子を窺っていたウマル、アダム、マリーに声をかける。
「施錠して明かりをすべて消せ!そんでシャワー室に入って静かにしてるんだ!」
3人はすぐに頷いて扉を閉めて鍵をかける。子供たちを急かす声がする中で、廊下の明かりも消して2階を完全に消灯する。
続いて1階に降りると、開けられたリチャードの部屋の扉から銃声がより近くで聞こえてきた。こんなに近くで発砲音を聞くのは初めてで、空気をビリビリと震わせる大きな音に足が止まりそうになったが、膝を叱咤して走る。
唯斗は大使室に駆け込むと、扉を閉めて施錠し明かりを消す。
美紀は聡太を抱きしめ、インナもアンリを抱きしめている。加奈子は胸の前で手をぎゅっと握りこみ、クレアは目を閉じて祈りの言葉を唱えていた。
『3人死角に入りそうだ!逃げるつもりかどうか分からない、ムーサかウスマン、公邸に行けるか!?』
『手が離せない!あいつらずっと撃ってくるぞ!』
『こちらも難しい!』
リチャードが二人に公邸の屋上からの監視を打診するが、二人とも応戦で手一杯のようだ。
そこで唯斗が応答する。
「監視だけでいいなら俺が行く」
『頼んだ!』
唯斗は立ち上がると加奈子に声をかける。
「俺が出たら鍵を!」
「え、ええ!」
大使室を出て全速力で走り、階段を駆け下りて裏口を開き中庭を抜ける。先ほどよりも銃声の応酬は激しくなっていた。
公邸の玄関は開けっ放しだったため、中に入ると同時に施錠して階段を上がり屋上に出る。こちらも大使館と同じように塔屋と室外機があるだけで、この建物が大使館より1フロア低い2階建てということもあって地面が近い。
身を低くして地面からの射線に入らないようにしつつ、大使館から死角に入る場所を確認する。
「こちら雨宮、公邸側に回り込んではない。弾倉を変えてる」
『こちらウスマン、裏門側で一人やったが、残りの奴らが逃げ始めた!』
唯斗もちらりとそちらを見ると、裏門付近には一人の死体が横たわり、一緒にいたのだろう二人が逃げ始めていた。うっすら「何人いるんだ!」と泣き言が聞こえる。正面と裏の両方から銃撃があったことで、かなりの人数がいるように見えたのだろう。好都合な勘違いだ。一気に通りからの銃声は少なくなっていた。
「リチャード、主犯格っぽいヤツはやったか?」
『まだ、逃げようとしてるけどやるか?』
「復讐に来られるかもしれない。やってくれ」
『了解』
短く返し、一発の銃声が響く。正確に捉えたその銃弾は目的の男の頭を撃ち抜く。
『クリア。敵は敗走した』
『ふぅ〜、このレベルの戦闘は久しぶりだったなぁムーサ!』
『そうだな。唯斗さん、お怪我はありませんか』
リチャードの冷静な報告で、唯斗は息をつく。ウスマンも気の抜けたような声を上げており、ムーサと二人、やはり軍属時代に戦闘経験があったのだと分かる。
ムーサはそんな中でも唯斗を気遣ってくれていた。
「大丈夫だ。3人ともありがとう、常駐してもらってなかったら危なかった。感謝する」
『家族も守れて唯斗さんも守れてお得ですよ!』
『家では武装できませんから、むしろこちらも安全です』
『唯斗も協力してくれて助かった!』
3人に礼を述べると、ウスマン、ムーサ、リチャードに口々にそう言ってもらえた。これが彼らの仕事とはいえ、やはり命がけであることに変わりない。気にするな、という意図でこう言ってくれているのだろうが、自分たちのために身を危険に晒してくれているのだと思うとやはり忍びない。
「とりあえず警戒は維持しつつ、夫人たちを公邸に戻して子供たちも寝かせる。全室消灯は維持。3人で分担して、大使館屋上からの監視と公邸屋上からの監視をしてほしい。いずれも交代で、調整は任せる。俺は非戦闘員への状況の共有と注意、施設の現状確認をする」