サヘルの夜明け−41
警戒を最大限としつつ平時に戻すため、再び指揮権は唯斗に移る。指示を出せばプロたちからも異論はなく、無線で簡単に担当の場所と時間を決めていた。
唯斗は公邸を出ると、中庭から裏口より大使館に入り、1階に上がって大使室の扉をノックする。
「雨宮です、戦闘は終わりました」
すぐに扉が開いて加奈子が出てくる。中を見やると、聡太とアンリは泣きじゃくっておりそれぞれの母親に抱きしめられていた。クレアも泣きはらした顔で見上げ、美紀の目元にも泣いた跡があった。
先程子どもたちが悲鳴を上げなかったのは、恐怖で声が出なかったからだろう。子どもは意外と、本気で怯えるときほど静かになる。ただ、銃声が連続する中で母親に抱き締められ、込み上げる恐怖に泣いてしまったというところか。
唯斗は室内に入りしゃがむと、聡太に日本語で声をかける。
「よく頑張ったな、もう大丈夫。悪い人はリチャードとウスマンとムーサが倒してくれたから平気だよ。さ、今日はもう寝よう」
「うん…」
続いてアンリにもフランス語で声をかけて落ち着かせる。やはり子供が泣いているのを見ると、このような暴力は決して許されることはないと強く感じる。
「さあ、公邸に戻りましょう。今晩は一晩中、警備の3人が大使館と公邸の屋上から監視に当たります。安心してください」
全員立ち上がり、唯斗は5人を公邸まで送り届ける。明かりはつけず室内の移動は懐中電灯で行うよう指示してから、大使館に戻って2階に上がり、ウマルたちにも同じように声をかけた。
全員恐怖と疲労の表情を浮かべており、特に大人たちは眠れないかもしれない。
明かりをつけないようにするため、唯斗は懐中電灯で館内を移動して1階に降りる。唯斗の部屋もリチャードの部屋も特に損傷はなかったが、リチャードの部屋はまだ硝煙の匂いがしていた。シャッターには弾痕があるものの、穴は開いていなかった。
換気した方が良さそうなため、リチャードの部屋は扉を開けたままにしつつ、唯斗は自室に入ろうとしたとき、背後からリチャードに声をかけられた。
「唯斗、大丈夫か?」
「リチャードか。お疲れ、助かった。てかよくライトなしで移動できるな」
リチャードは懐中電灯を持っておらず、かなり暗い廊下を歩いてきたようだ。外の街灯の明かりがシャッターの間からあるとはいえ暗闇に近い。
唯斗の部屋も読書灯しかつけておらず、照明は消していた。
「まぁ、俺は夜目が利くからな。俺の部屋は…まぁ、そうなるか」
硝煙の匂いが充満する様子に苦笑する。恐らく夜中に交代なのだろう。
「俺の部屋で寝るか?こっちもツインだし」
大使室の客室はすべてツインルームだ。ベッドが2台あるためリチャードも同じ部屋で寝られる。
「え!誘われてる…!?」
「はっ倒すぞ。俺は施設の損傷がないか確認してくるから」
ふざけるリチャードをどついてから、唯斗は再び廊下に出る。玄関から外に出て、街灯に照らされた大使館の外壁を確認し息を飲んだ。
やはりというか、外壁には大量の弾痕が残っていた。先ほど戦った相手はただの強盗のようであったため、持っていた銃も口径が小さく威力も弱めであり、シャッターや壁を破壊するような代物ではなかった。
そのため、外壁の損傷もせいぜい数ミリくらいで塗装の剥離がほとんどだろう。だがその弾痕は生々しく、戦場にいるのだと否応なしに理解させられる。
その後も塀や公邸の外壁などぐるりと施設を一周してから、正門に向かい門の損傷も確かめる。いずれも問題なさそうだった。
そして通用口の見張り窓から外を覗くと、道路には9人の遺体が転がっていた。真っ赤な鮮血が道路の両脇や窪みに流れて溜まっており、銃や弾倉が散乱している。裏口にも1つ遺体があるため、15人中10人が死亡した形だ。
「逃げてくれれば、殺さずに済んだのに…」
唯斗はついそう呟いて目を伏せる。まだ全員若い。強盗とはいえ親だっているかもしれない。最初の警告で逃げてくれていれば殺さずに済んだはずだった。
自分の許可によって奪われた命であり、自分たちが生きるために殺した相手だ。最初に暴力に訴えそれを撤回しなかったのは彼らであったのだから、この結果は当然のことである。それでも、こんな惨状になることを承知で唯斗は戦闘許可を出したし、報復を防ぐためにリーダー格を確実に殺させた。
唯斗は一度深呼吸をしてから屋内に戻り、領事業務室から電話をかける。架電先は警察だ。
大使館が襲撃を受けたこと、警備が撃退したこと、それによって死体とまだ使用可能な銃火器が散乱していることを伝える。
遺体はともかく銃は回収したいであろうことから、警察はすぐに銃だけ回収しに向かい、遺体は明け方に回収業者が運んでいくとのことだった。
もはや事情聴取などもないようで、勝手に回収して勝手に去るらしい。もう警察の機能もほとんどが失われているとみていいだろう。
事後処理も終えたころには時刻は21時半になっていた。戦闘が起きてからあまり時間が経っていないはずなのに、何時間も経ったかのような気がした。
自室に戻ると、ちょうどシャワーを終えたのか、リチャードが上裸にスウェットで自分の部屋から出てきて唯斗の部屋に入ろうとしているところだった。
唯斗にとってはこの時期の夜は寒くてとても上半身裸で過ごそうとは思えないが、やはり基礎代謝が違う。
リチャードは唯斗に気づき、なぜか慌てる。
「あ、悪い唯斗、つい癖で下だけしか着てなかった!」
「別にそれくらいで目くじら立てないけど」