サヘルの夜明け−44


そうして朝の落ち着いた時間を過ごしていたときだった。
突然、ニュースを流していた国営放送が緊急速報を伝え始めた。


『速報です。先ほど9時より、政府は国内のすべての通信回線を遮断しました。繰り返します。政府は先ほどより、すべての通信回線を遮断しました。これにより、電話も不可能となっております』

「は…?」


唯斗は驚いて、すぐに佐伯に電話をかけてみる。大使館用の特別回線だ。しかし、受話器の待機音は流れていない。外務省にかけてみても同様で、専用の衛星回線すらもダメだった。
当然ながらスマートフォンもつながらない。

唯斗はすぐに1階に上がり、休憩中のリチャードの部屋に向かった。ノックするとすぐにリチャードが出てくる。


「どうした?」

「C4Sの専用の電話回線とかってあるか?」

「あるが…まさか、遮断されているのか?」

「政府がすべての電話回線を遮断した。大使館の専用回線や衛星回線もダメだった」

「試してみよう」


リチャードは室内に戻り、鞄から何やら重厚な携帯電話を取り出した。パルス攻撃すら防ぐような代物だろう。少し試していたが、ため息をついて鞄に戻す。


「これもダメだ。こりゃ、自爆覚悟の遮断だな。軍隊の短距離無線は問題ないだろうが、政府側もほとんどの通信が無効化されてるし、国民の不満も高まる」

「ここまでしねぇと、ハイレとマレの戦いに勝てそうもないってことだな」

「そうだろうな」


どうやら相当政府は追い詰められているようだ。戦況を少しでも有利に進めるため、反政府勢力の通信を妨害して意思疎通を遅らせることで各個撃破しようとしている。
リチャードが指摘した通り、政府内でのコミュニケーションもままならないだろうし、国民の不満はマックスになる。退避真っ最中の欧米諸国からも猛反発を食らうだろう。


「…まずいな。これじゃ、一切日本と意思疎通ができない。自衛隊機の空港への派遣についても、状況を報告できない以上は無理だ。状況が長引くなら延期しても変わらない。でも備蓄が保つのは18日まで、クソ、なんてことしやがる…!」


本来、今日の最終判断をもって自衛隊機を17日に空港へ派遣する運びとなっていた。その最終判断ができなければ退避が永遠にできないのだ。各国が政府に通信を再開するよう圧力をかけるだろうが、それに応じるかどうかは分からないし、それまでに備蓄が保つとは思えない。
ここに来てこのような事態になるとは思わなかった。

だがそれは各国も同じ。特にフランスや米国など主要国で退避が済んでいない国についても同じ状況だと思われる。もしかしたら独自に通信手段を持っているかもしれない。


「…リチャード、フランス領事館と米国大使館に行く。ついてきてくれるか」

「当然だ。俺にとって最優先事項は唯斗の安全だからな。外に出るならついていくさ」


リチャードはすぐにライフル銃のケースを用意し始める。外の治安から、そこまでの用意が必要だと判断しているということである。
この混乱によって治安の悪化もやや収まるかもしれないが、何が起こるか分からない状況なのは確かだ。
唯斗も向かいの自室に戻ると、ネクタイを締めてジャケットを羽織る。革靴も綺麗なものに履き替え、外交官パスポートなど必要なものだけをもって部屋を出た。
リチャードも用意を終えたところだったため、廊下で鉢合う。


「先に2階でウマルを呼んできてくれ。俺はムーサとウスマンに話を通す」

「了解」


リチャードは階段を上がっていき、唯斗は自室のトランシーバーを手に取る。


「ムーサ、ウスマン。俺とリチャード、ウマルはフランス領事館と米国大使館に行ってくる。今日は旅行会社からエドモンという男が妻子を連れてバスに乗ってくるから、やってきたら通してほしい。もちろん、日本人が来たら無条件で通していいが、それ以外の国籍、およびエドモン一家以外の現地人については俺が来るまで敷地外で待機させてくれ」

『了解』


二人の了承を得てから、唯斗は地上階に降りて裏口から中庭を抜けて公邸に向かう。玄関で呼び鈴を鳴らすと加奈子が出てきたため、インナを呼ぶように頼む。
1分ほどで加奈子に代わってインナが出てくる。


「どうされました?」

「政府がすべての電話回線を遮断した。俺は至急、情報収集のために1区の大使館街に行ってくる。リチャードとウマルを連れてく。もし俺がいない間に旅行会社のエドモンという男がバスを持ってきたら、ムーサたちには通すように言ってあるから、大使館2階の空いてる部屋にエドモンたちを通してやってくれ。日本人が来たら、いったん公邸に頼む」

「分かりました」


事態が緊迫していることにインナも緊張した面持で頷いた。
情報の共有が済んだところで、唯斗は駐車場に行き、公用車に乗り込む。すでに運転席にはウマル、助手席にはリチャードがいた。


「まずはフランス領事館へ行ってくれ」

「了解です」


ウマルは頷き、公邸の屋上を持ち場としていたムーサが下りてきてくれていたため正門を開き、通りに出る。
背後で門が閉まったのを確認しつつ走り出すと、やはり多くの市民が外に出てきていた。電話すらもつながらなくなり、情報にアクセスできなかったため、不安に駆られて通りに出てきたのだろう。



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