サヘルの夜明け−48


唯斗は公邸を離れて領事業務室に戻ると、リストをもとに、JICA職員以外の民間人20名全員が大使館に来ることを想定して部屋割りを考えることにした。
自分のデスクに腰を下ろし、ペットボトルの水を煽ってから、白紙のコピー用紙に簡単な大使館および公邸の図と部屋の使用状況を書き込む。

ウマル、ムーサ、ウスマンの一家は人数が多いためこのまま一部屋使ってもらった方がいい。子供がいて、大人にとっては気が休まらないということもあるし、日本人にとってこの国の人の生活態度は気持ちのいいものではなかった。また、この国の人は概して日本人よりは保守的であり、高齢者も少ないことから、若い女性への配慮が必要だ。

結果、大使館2階の客室4室のうち3室は引き続き現地人一家3組に使ってもらうとして、エドモンに宛がった4室目に日本人の60代の夫婦を収容する形とした。
そして1階のうち、唯斗とリチャードは客室の使用をやめて大使室の大きなソファーで寝泊まりすることとし、空いた外交官客室2室はどちらもツインルームのため、ベッド1台あたり2名として計4組の夫婦8名を収容。公邸の大使夫妻の寝室は加奈子と美紀・聡太に使ってもらい、2つのツインの客室のうち1つはクレアとインナとアンリ、もう1つは20代から30代の一人暮らしの女性4名、応接室の上質なソファー2脚に50代の夫婦1組とする。残る4名は恐らく車で避難してくるため、車中泊を頼む。
日本人側のほとんどが夫婦2名でこの国に来ていたことから、なんとか収まった形である。

あらかじめ名簿にも収容先の部屋を記載してあるが、パズルのようなそれに思いのほか時間がかかり、13時になろうとしていた。
昼食を取っていないが、状況のせいか空腹は感じない。唯斗はこのまま会議をやってしまうことにした。

リチャード、ウマル、エドモンを大使室に呼び、大使のデスクの周りを4人で囲んでデスクに広げた大きな市内の地図を見せた。
地図には、まだ残っている20名の日本人とJICA事務所の場所が付箋で示してある。


「集まってくれてありがとう。早速だが、明日一日を使って、避難の足がない日本人を中心に大使館への保護を行う。今日は、この付箋が貼ってある場所をどう回るかということと、退避当日にどうやって空港に移動するかを検討する」


通信遮断によって、退避は恐らく18日になることは各世帯に伝えてある。たとえ19日に陸路移動する羽目になるとしても、この状況では一か所に日本人を集めてまとめて移動した方が良い。
もしこのままDASAK連合、特にISがラヴァルヴィルに入城すれば、西側外国人がどうなるか想像に難くない。決して、邦人を市内に残すわけにはいかなかった。仮に邦人が取り残されようものなら、最悪、自衛隊員が市内に乗り込んで戦闘に巻き込まれることになり、憲法との整合性などをめぐり日本の国会も世論も大激震が走る。


「見ての通り、大多数は1区、2区、3区、4区に集中している。3区の邦人や、車を持っている一部の邦人は自力で来るだろう。これらの邦人は黄色の付箋を貼ってある。一方、車がなく1区や2区、4区など離れた場所にいる世帯には赤い付箋を貼った。明日は、この赤い付箋の家を中心にめぐることになる」


20名の民間人は13世帯に分かれている。一人暮らしが6名6世帯、残り14人は全員夫婦で二人一組であるため7世帯となる。子供はおらず、25歳から61歳までの年齢層である。

エドモンは地図を見て、何か所かを示す。


「一度に4〜6人は運びたいところですねぇ」

「2回で運び終えられるといいですね」


ウマルもそれに頷く。恐らく自力で少なくとも8名は避難できるだろうし、そのうち2名は田中夫妻でありすでに避難してきている。
理論上、借り受けたバンを使えば2回で運び終えられる。ウマルが2回までと言うのは、それ以上は屋外で行動するのは危険だろうというのと、今日のような渋滞は明日も続くであろうことを前提にしている。

「2回で回りきれそうか?」

「はい、中心部に集まっているので可能です。明日は唯斗さんを米国大使館に連れていく必要もありますので、その3回行動がギリギリでしょう」

「大使館のついでにJICA事務所に寄りたいんだが、大丈夫か?」

「問題ありません」


この街の道路を知り尽くしたウマルが言うなら可能だろう。この危機的状況にあって、ウマルの優秀さに気づかされた形だ。
JICA職員については、事務所でバンを保有しているため、5人の職員でまとまって避難してもらうことになる。ただ、大使館には収容できないため、退避当日に大使館に来てもらうことを想定していた。彼らも歴戦の職員だ、クーデターくらいなら全員経験していると言っていた。


「よし、じゃあ次は空港だ。恐らく18日の日中の退避になる。今日退避予定だった多くの国が退避を見送ったせいで、18日も空港は大混雑するはずだ。一緒に亡命を希望する現地人も殺到する。相当な時間がかかると思う」


エドモンは頷いて、「4時間前には出発した方がいいでしょう」と述べた。本来、ここから空港までは車で1時間だ。もはや出国手続きなどはないため、空港に到着さえできればそのまま滑走路に出て輸送機に乗り込めることから、一般的な2時間前到着という国際線のルールは不要だ。それでもなお4倍の所要時間を見込む。


「空港への移動は中型バスで行う。1台目の運転手はエドモン、乗るのはエドモンの家族と邦人民間人20名、俺を含む大使館の邦人4名、警備担当はリチャード。一人で大丈夫だよな?」

「当然!2台目をムーサとウスマンが守るんだろう?」

「あぁ。2台目の運転をウマル、乗るのはほかの現地協力者と家族18名。そして3台目がJICAのバンだ。当日はこの隊列で空港に向かおうと思う」

「空港で、もしくはその道中で戦線が空港に到達した場合はどうする?」


するとリチャードは唯斗にそう尋ねた。当然、今日の状況からもそれを考慮する必要がある。


「乗車中なら、強引にでも来た道を引き返して大使館に戻る。問題は空港にいる間に事態が悪化した場合だが…」


唯斗は少し考える。自衛隊の協力が得られるか考慮したが、それができるなら輸送機に乗れるだろう。逆に言えば、輸送機に乗れないときは自衛隊も滑走路にいない。


「…俺たちだけだろうから、駐車場に戻る暇があれば乗ってきたバスに乗る。無理そうなら、とにかく乗れるバスや車に乗って大使館を各自目指す。そこまで状況がひっ迫した場合、団体行動に拘っていたら間に合わない。まずはただちに空港を離れる、各自大使館を目指す、それしかないだろうな。ただ、なるべくバスやバンを選んで乗ろう」

「ま、そうだな。俺としても、そのときはそのとき、としか言えないと思うぞ」


認識が一致しているかの確認だったのだろう。リチャードとは同じ考えだったようだ。というか、普通に考えればそうするしかない。そうならないことを祈るばかりだが。



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