サヘルの夜明け−49


その後も何組かの日本人が自力で大使館に避難してきたため、外出禁止令の刻限となる夕方までに合計8人がやってきた。もはや外出禁止令など守られておらず、市民の脱出が続いているが、日が沈むとその混乱はより暴力的になっていた。
郊外でのISによるテロだけでなく、暴徒や強盗による襲撃も相次いでおり、恐らくこの状況ではもう日本人はやってこない。そもそも、この8人は自力で避難してくると見越していた者たちであり、残りの12人は明日迎えに行く予定だった。

また、正式に現地人協力者とのその家族全員の日本への退避も決まった。まだ決めていなかったムーサやウスマンの一家、クレアも日本に退避することを正式に決めたことを報告してくれたため、日本人29人、現地人22人、リチャードの合計52人が退避対象となる。


そうして全員の退避が決まったあたりで、大使館では夕食の準備が始まった。現地人たちも全員持ってきた備蓄が切れたため、今は全員が共同の備蓄から食事を作る。また、日本人たちは持ってきた備蓄を唯斗に預けてくれ、全体で使うことを自分から提案してくれた。こういう気質はやはりさすがだと思ってしまう。

大使館にも簡易キッチンはあるが簡単なものであるため、まとまった食事は公邸のキッチンで調理している。加奈子と美紀、インナ、クレアが中心となっていたが、今はアデルも手伝いとして加わっていた。
唯斗としては、女性任せにすることに抵抗があったのだが、この国では普通のことであり、あまり割り込む気にもなれなかった。それこそ、保守的な考えの人は未婚の男女が不必要に一緒にいることや、女性の集団に男性が入ることをよしとしない。

今日の食事はココナッツミルクで炊いたライスとトマト系のソース缶、唐辛子を混ぜたピーナッツバターとなっている。人数が増えたため、水を優先し、今日から調理で極力水を使わないことにしてあった。

そうして、各家庭が食事を受け取るため、公邸の玄関前に集まっていたときだった。


「もういい加減にして!!」


突然、クレアの叫び声が聞こえてきた。唯斗は避難してきた日本人を回っていろいろと説明しているところであり、車中泊となる男性が中庭に停めた車で話をしていたが、敷地全体に響く声に慌てて飛んでいく。

公邸の前には、各家庭の女性たちであるサンガレ、アダム、マリーとその長女や長男、そしてウマル、エドモンと休憩中だったリチャード、ほかの日本人たち、同じく声を聞きつけて出てきた加奈子と美紀にアデル、インナもいた。
人の気配をなるべく少なくするべく、外にいる間は静かにするよう言ってあったため、全員少し驚いていた。唯斗は慌ててリチャードのところまで行く。


「外の様子は?」


リチャードはすぐトランシーバーを持って無線で呼びかける。公邸と大使館の屋上にいるウスマンとムーサへの確認だ。


「今の声、大丈夫そうか?」

『問題ない、この辺りは無人だ』


大使館の屋上にいるムーサが応える。ムーサとウスマンも、心配そうに屋上からこちらを覗いていた。

唯斗はインナに制されながらそれを拒絶するクレアの方へ向かう。


「なんで私たちがムスリムのことなんか気にしなきゃなんないのよ!!」

「ハラルかどうかちょっと確認しただけだろう、なんでそこまで怒鳴るんだ!?」


クレアの怒声に対して、エドモンが怒鳴り返す。どうやら、クレアから食事を受け取る際に確認していたようだ。


「そんなの散々、サンガレたちから聞かれてたわよ!気になるなら自分で作ればいいじゃない!」

「俺は今日来たばかりだ、そんなの知らない!」

「だいたい、あんたたちムスリムのせいでこの国はこんなことになってるのに!!反省とかないの?!ラヴァルヴィルはキリスト教徒の街よ!なんで私たちが出ていかなきゃなんないのよ!!あんたたちが出ていきなさいよ!!」


もやはエドモンには関係のないことを叫びだしたため、クレアはついに爆発してしまったか、と唯斗は目を伏せる。

もともと、保守的な田舎のカトリックである上にムスリムの男に襲われかけたことでイスラモフォビアだったクレアだが、内戦に陥り、街からキリスト教徒たちが脱出しているこの状況に、昨晩の銃撃戦も相まってついに怒りが爆発したのだろう。
困惑するエドモンは悪くない。だが、クレアをただのヒステリーなどと言うこともできなかった。

今は人気のない状況だが、いつ人が来てもおかしくない。まずはクレアを落ち着かせる必要があるが、クレアの言葉に、それを聞いていたムスリムたちもむすっとしていた。
さらに、ウマルが呆れたようにクレアにきつい言葉をかける。


「そうやって関係ない人に当たり散らして、そのせいでマリックたちは出ていったんだろう。あの新しくやってきた警備二人にあんたがネチネチ言ってたから、二人は出て行って、唯斗さんは急遽リチャードを連れてくる羽目になった。そもそも戦争を起こしたのはマンデン系と、お前さんと同じモーレ人だろ」


丁寧で物腰の柔らかいところしか見たことがなかったため、ウマルの態度に驚く。間接的に貶されたからか、サンガレと一緒に来ている娘を守るためか。
このままでは、大使館の内部でムスリムとキリスト教徒の対立が起きてしまう。


「運転手が生意気言わないで」

「俺たちムスリムが運転手や警備ばっかなのは、お前らキリスト教徒のせいだろ」

「知らないわよ!あんたたちの努力不足でしょ!」

「ちょっとクレア、そのくらいに…」

「インナは黙ってて!あんたみたいなエセキリスト教徒のせいでもあるんだから!神はこんなこと許さないわ!」

「はぁ?なによそれ」



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