サヘルの夜明け−58


「まずは皆さん、大使館への移動お疲れさまでした。今日お迎えに行った皆さんには、わずかな時間で家を捨ててもらうことになり申し訳もありません。ただ、政府と連絡がつき、退避が決まっているので、これからその説明をします」


全員、手帳なりスマホなりでメモを取る姿勢になる。この街の状況は全員知っている、退避できないことが命の危機に直結すると理解していた。


「明日18日、昼の12時半ごろに、ラヴァルヴィル空港に自衛隊の輸送機がやってきます。道路状況が悪いため、私たちは4時間前の朝8時半までに出発しますが、早く出発できればそれに越したことはないので早めの準備をお願いします。なお、出国審査などはありません。出入国の手続きは、輸送機が向かうジブチでまとめて実施します。手荷物は一人15kgまで、それ以上はすべて大使館に置いて行ってください。その際、個人情報の扱いには十分気を付けてください。今晩のうちに荷物の整理をお願いします」


唯斗の説明を、全員黙ってメモしていく。空港はハイレに最も近い、市内の南東の端にあり、DASAKなどの勢力が一番先に到達すると予想される場所でもあったため、ギリギリのところだと理解しただろう。


「輸送機はジブチの自衛隊基地に着陸したのち、現地の自衛隊員が皆さんを保護します。その後、民間のチャーター機によって成田空港へ向かいます。チャーター機の出発日時はまだ決まっていませんが、ジブチ基地のキャパシティー上、長居することにはなりません。また、ジブチから第三国への輸送を政府が行うことはできません。第三国への移動をご希望の場合でも、必ず日本に帰国し、出入国処理を終了したうえで、ご自身で第三国への移動をご手配ください」


ここまでは順当にいった場合の話だ。あまり怖がらせたくないが、常に先のことを知って予測を立てられる状態にすることが何より重要であるため、唯斗は正直に話を進める。


「…とはいえ、明日の状況がどうなるか分かりません。最悪、退避に間に合わず輸送機に乗れない、空港で戦闘が発生し避難できない、という状況もあり得ます。第一便に乗れなかったときは第二便に乗りますが、その際はガーナの首都アクラに向かい、そこからジブチに移動します。さらに第二便にも乗れない場合、大使館に引き返し一泊します。その後、19日にフランス軍と合流し、国連の車列に加わって、ウーロ・ジャムに陸路で移動します。そのような状況になったら、自衛隊は改めてウーロ・ジャム空港に輸送機を派遣します」

「すみません、空港から大使館に避難することになったら、各自で移動でしょうか」


そこでようやく質問が上がった。明日の計画の咀嚼にそれぞれ時間がかかるだろう。


「基本的には全員で移動します。現地人の警備員二人、民間警備会社の傭兵一人がついていますので、護衛できる状態を維持したいと考えています。ただし、命の危険を感じたら身の安全を守る行動を優先してください」


命の危険を感じる状況があり得る、という事実を外交官に告げられ、痛いほどの沈黙が落ちる。海外駐在員たちとはいえ、平和な日本で生きてきて、つい数週間前まで平穏そのものだったこの街に住んでいた彼らにとっては、これまでの人生で経験したことのない恐怖と不安だろう。


「…率直に言って、状況は最悪です。私や自衛隊は全力を尽くして皆さんの帰国を支えますが、明日は何が起こるか分かりません。覚悟をお願いします」


誰かがすすり泣く声が聞こえてくる。覚悟とは、つまりはそういうことだ。
明日自分は死ぬかもしれない。そういう覚悟をもっていてもらわないと、この状況を乗り越えるために一致団結するのは難しいし、何より後悔して欲しくなかった。

話を終えて解散し、現地人にも同様に説明を行ったところで、夕食時となる。もともと覚悟を決めている現地人たち、特に強盗の襲撃による銃撃戦の夜を経験した者たちはとっくに心が決まっているため、現地人は悲観的ではなく、いつも通りにしていた。
日本人たちは覚悟の決まっている者もいれば、恐怖で食事ものどを通らなさそうな者もいる。たが、複数の世帯で一つの部屋を使ってもらっていることもあり、そうした恐怖や不安を共有して励ましあってくれているようだった。そういうところは災害大国の出身だけある。



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