サヘルの夜明け−62
ラック通りを西に向かい、ダンババ通りとの交差点でダンババ通りに入って南下する。3区内は確かに空いていたが、空港がある9区との境に近づいてきたあたりで急に大通りが混雑し始めた。
やはり大型のバスやバンが多く、退避する外国人や現地人が殺到していることが分かる。全通信が断絶した16日が丸一日退避できない日になってしまった国が多く、全体的に退避が遅れているのだ。
このような緊急退避において、ここまで外国人が取り残された状態で戦闘が近づいていることは滅多にない。首都で戦闘が最初に勃発したスーダンくらいだろう。ウクライナですら外国人の事前避難がかなり進んだ後に開戦した。
また、道路が混んでいる理由は車の集中だけではない。複数の検問があるためだ。さすがにチップを要求しているわけではなさそうだが、単純にボトルネックと化しており、それによって著しく時間がかかっていた。これはテロ対策でもあるため仕方のないことだ。
アフガニスタン退避においても、カーブル空港での退避中に爆破テロが発生したせいで退避が遅れた事例がある。
唯斗は窓の外、通りを埋める車の群れを眺めながら持ってきていたラジオをつける。
『現在、DASAK、CMM、ISNの連合軍は、国道2号を北上しています。付近のキリスト教徒、プラ人のみの集落にお住まいの方はただちに避難してください。すでに中央州に入っているものとみられます。ダカ・バラ地区到達は正午ごろと思われます』
ハイレからやってきているDASAK連合軍は、ラヴァルヴィルに向けて北進を続けている。10区や空港のある9区の南に広がるダカ・バラ地区に正午ごろ到達となると、空港には午後早い時間にやってきてしまう恐れがあった。
『マレから進軍を開始したJMASは、陸路とニジェール川両方を使ってラヴァルヴィルに進軍しています。陸路の部隊はニジェール川の両岸を北上しており、右岸側はディアディオマ、マルグーに到達。アルコディアの政府軍と衝突しています。左岸側はンゴロからアンギラまでの集落を制圧、ウーア、ナザラクに向けて川を渡河しているようです。川を下る部隊もキルチャンバ、ティアンガラに上陸し、渡河部隊と合流してアルコディアの政府軍を挟撃しようとしています』
ラジオはかなり詳細に戦闘の状況を伝えている。通信を遮断する政府が各国に向けて申し訳程度に行っている措置だろう。通信を再開させる、という手段を取らない政府には腸が煮えくり返りそうだ。
JMASは西のマレからニジェール川に沿って進軍しており、ラヴァルヴィルの最も西にある11区のさらに西側に広がる地域で政府軍と衝突している。11区のすぐ西隣にあるアルコディア地区は政府軍の拠点があるが、その南にあるディアディオマ地区とマルグー地区、北にあるキルチャンバ地区とティアンガラ地区からJMASが挟撃しようとしているようだ。
また、ラヴァルヴィルのニジェール川における河川港であるウーア地区、ナザラク地区も制圧されようとしている。川からの避難ももうできないだろう。
『ARSNは国道1号に沿って中央州を西に向かっているため、国道1号から中央東州方面へ脱出することはできません。まだラヴァルヴィル市内に残っているキリスト教徒の皆さんは、カコンジ、トーガ、ババガ方面から東へ向かってください』
JMASとの合流を目指すARSNはラヴァルヴィルの北東方面から接近しているため、ラジオは北西のカコンジ、トーガ、ババガ地区方面から避難するよう推奨している。
頭の中でラジオから聞こえてきた地名を参照していけば、ラヴァルヴィルが包囲されようとしていることに頭を抱えてしまう。恐らくこのままいけば、西から来るJMASと北東から来るARSNは、市内北部で合流するだろう。ちょうど北部はムスリムが多い地区だ。
一方、DASAK連合軍は南から進軍し、空港を含む市内南部の制圧を試みる。
すべての勢力が到達すれば、ラヴァルヴィルは周囲を派閥の異なる勢力に囲まれ、各勢力が都市の勢力範囲を巡って市内で戦闘する事態となるはずだ。
早く空港に着きたいところだが、再び検問渋滞に引っかかる。
今回、唯斗は全3台が同じ車列であることを示すため、3台すべてに小さい日本国旗をつけている。公用車の前方につける、装飾の小さな国旗だ。
4枚あったため、バス2台には公用車用のものを使っているが、JICAのバンについては、お粗末だがワイパーを立てて画用紙に赤いペンで丸く塗ったお手製のものをつけている。雨が降らないのをいいことに、ワイパーを立てて走行しているのである。視界の邪魔にならないよう高い位置に国旗をつけたため、やたら目立っていた。日本国旗が書きやすくて良かった。
おかげで検問の通過そのものはスムーズだったが、それでも時間はかなり経過している。
本来なら1時間で到着するところ、すでに出発から3時間、時刻は11時を過ぎたところだった。空港はすでに前方に見えているため、本当の最悪の場合は歩いて行くことも視野に入れている。
しかし最後の検問でのことだった。
1台目が検問を通ったあと、ゲートが閉じられてしまったのだ。2台目とJICAのバンがまだ検問に留まっている。ここまで来る途中、普通の乗用車などが1台目と2台目の間に複数台入っており、車列が途切れてしまっていたのだ。
ゲートが閉じられたのを見てエドモンは急停止し、唯斗は窓を開けて兵士に呼びかける。
「後ろにまだ2台ある!!通してくれ!!」
「ターミナルに車があふれてる!!とにかく進め!!」
しかし兵士は取り合わずにどこかに行ってしまった。どうやら、車両の台数制限をかけているようだ。車があふれるのは当然である、運転手も含めて脱出するのだから。その車の整理をしていない国の問題だが、もはやそんな秩序を維持できる状態ではなかった。
唯斗はトランシーバーで呼びかける。
「ムーサ、台数制限らしい。間に合わなさそうだったら車を捨てて徒歩で来てくれ。そのときは後ろの3台目の日本人にも声をかけて欲しい」
『了解しました』
とりあえず唯斗はエドモンに進むよう指示する。バスはターミナルへと進み、国際線ビルのエントランスにやってきた。
兵士が言っていた通り、ターミナル前のコンコースは乱雑に無数の車が乗り捨てられており、ひどい有様だった。
「エドモン、もしものときはこのバスで空港を脱出したい。空港から出る方向の道路に頭を向けて停車してくれ」
「分かりました」
エドモンはさすがのテクニックで乗り捨てられた車の合間を進み、空港を出る方向の反対車線に出てバスを止める。しかも、バスの前がふさがれないよう、空港によくある速度を減速させるための段差がある直前に停車してくれた。
「それでは降ります!忘れ物がないように出てきてください!」
唯斗は車内の日本人に呼びかける。扉が開き、唯斗が外に出ると、リチャードは周囲を警戒しながら唯斗のそばに立つ。ぞろぞろと日本人が全員降りたところでエドモンは扉を閉め、エンジンを切って運転席を降りる。そして鍵を唯斗に手渡した。
それを受け取り、バスの前につけられた小さな国旗を棒ごと抜き取って、ツアーガイドのように頭上に掲げて歩き出す。
「それでは行きましょう!ついてきてください!」