サヘルの夜明け−63
唯斗のあとに、23人の日本人とエドモン一家、リチャードが続く。
ターミナルに入ると、大勢の人々でごった返す喧騒に満ちていた。時折言い争う声や子供の泣き声が聞こえてくる。空港はもともと多くの声であふれる場所だが、恐慌状態ともなるとそれは凄まじい音だった。
一様に焦り不安を浮かべた表情の人々であふれるターミナルの喧騒に、聡太が怯えて美紀に抱き着いていた。
カウンターには当然誰もいない。民間機はないためチェックインカウンターなど機能していない。いわゆるパタパタ式のフライト情報が表示される巨大な案内板もすべて真っ黒だった。
人混みの中を進んでいくと、保安検査すら機能しておらず、そもそも建物自体が停電しているのか薄暗いため、X線検査も使えないのだろう。
保安検査自体が通路の狭い場所となるため、そこで人が詰まっているようだ。また、進んだ先の制限エリアも大勢の人々がおり、進みそのものが遅い。
時刻は12時を過ぎている。さすがに唯斗も少し焦りがあった。それに、後から来る2台目の現地人とJICA職員のことも心配だった。
だがとにかく進むしかない。
「なるべく固まってください!」
唯斗が呼びかければ、すぐに全員きっちりと整列する。そういうところはさすがだ。おかげで、保安検査を抜けようとする列であって列でない人の群れの中、まとまって検査場を抜けることができた。
そうして制限エリアに入ったときには、12時40分となっていた。すでに自衛隊機は着陸している可能性が高い。
ゲートが並ぶ通路は、滑走路が全面窓の前に広がっている。羽田空港の国際線や仙台空港と同じような構造だ。その窓の向こうに、日の丸が描かれた軍用機が見えた。
「あった!自衛隊機が来ています、皆さん地上階に降りましょう!急いで!」
唯斗はそう声をかける。自衛隊機が来ているということで喜びの声が上がった。
唯斗はすぐに、バスゲートのマークを見つけるとそちらへ向かう。この空港は基本的にボーディングブリッジで搭乗するため、ほとんどのゲートが1階にある。だが、サテライトという離れた場所でタラップによって乗り降りする場合、バスで移動することになるため、バスに乗るためのゲートは地上に存在する。そのため、そこから滑走路に直接出られるのである。
「リチャード、悪いけど残りのメンバーが保安検査通ってきたらこっちに案内してくれ」
「分かった」
リチャードを保安検査場の前に残して地上階のバスゲートに通じる階段を降りると、輸送機を待機しているのだろう外国人たちが椅子に座って待っていた。当然満席であり、多くの人が立って待っている。
階段を降り切って、全員がついてきていることを確認してから、そのままゲートに向かった。ここもスタッフはいなかったが、偶然、ある人物を見つける。
「ジョン大使!」
「これは雨宮さん!」
バスゲートでスタッフが搭乗券を確認するカウンターにて、ジョンが待っていたのだ。恐らく米軍機を待っているのだろう。よく見れば、ゲート前の椅子に座る外国人はほとんどが米国人だ。
「自衛隊機が来ているのですか?」
「はい。民間の邦人は全員連れてこられたので、まずは自衛隊に合流してきます。我々は合計46名であり、それにプラスして何人乗せられるかも確認します」
「人数が足りないようですが…」
どう見ても20人ほどの日本人に、「現地人と数名の日本人がまだ到着していません」と答える。
時間がないため、まずは全員の搭乗を急ぐことにした。
唯斗はいったん外に出ると、ゲート近くで待機していた自衛隊員に国旗を振った。すぐにこちらに気づいた自衛隊員が、全速力でこちらに駆け寄る。
汗をかいてぴたりと唯斗の前に止まった自衛隊員は敬礼をした。
「航空自衛隊第403飛行隊所属、三河一等空尉であります!」
「駐ピナルエサヘル日本国大使館、二等書記官の雨宮です。退避対象者は邦人および現地協力者の合計52名、うち26名がすでに到着しているので、輸送機に乗せてください。ちなみに、あと何人乗れますか?米国より協力を求められています」
「壁面シートに座れるのは残り18名となります!場合によっては貨物部に座ったままでも乗せられはしますが、ジブチまでは6時間半ほどかかりますので、可能な限り壁面シートの定員内を推奨します」
輸送機は通常、壁面に格納式のシートが存在する。中央部は貨物スペースであり、人間は壁面シートに座る。どうしようもないときは人間も貨物スペースに乗せるが、それは椅子に座らず離着陸の衝撃を受けることを意味し、本当に最後の手段となる。
今回の配列では、壁面シートは70席あるのだろう。
また、本来なら輸送機で長時間の人間の輸送を行うことはあまりない。軍人ならともかく、民間人を運ぶとなれば、最寄りの安全な空港から民間機を手配する。
だが今回は緊急事態で民間機を手配する時間がなかったことや、そもそも周辺国が軒並みクーデターや内戦で安定していなかったことから、3時間かけてガーナやコートジボワールに移動するなら最初からジブチに移動した方が早く退避できる、という苦肉の策だったのだろう。
「分かりました。米国大使にはそのように伝えます。では邦人の輸送機への移動をお願いします」
「は!」
唯斗は隊員とともにゲートに戻る。隊員を見て、人々はようやく表情に安堵を浮かべた。
「パスポートを確認します、確認できた人から外へ!」