サヘルの夜明け−64


唯斗は並んだ人々からパスポートを受け取りリストと照合、脱出用の名簿にチェックを入れていく。
エドモン一家には、送り状を手渡した。


「ジブチに着いたら日本人にこれを渡してくれ。あなたたちの身分や大使館との関係などが書いてある。あとはジブチの大使館で処理してくれる」

「あぁ。本当にありがとう」


エドモンと軽くハグをして別れ、アデルともハグを交わし、オディールに手を振って3人を外に出す。
最後に残ったのは美紀と聡太、加奈子だった。


「まだJICAの方たちが来ていないわ」

「とりあえず皆さんも」

「私は大使の妻よ。ほかの邦人より先に避難するわけにはいかないわ」


橋本同様、正義感の強い人だ。だが、唯斗は首を横に振る。


「加奈子さん。大使のご遺体はすでに日本に到着しています。どうか早く帰って、葬儀などして差し上げてください。息子さんも動揺されているはずです」

「けれど…」


唯斗は加奈子の手を握る。しわのある主婦の手であり、ずっと唯斗を支えてくれた手だ。


「あなたに何かあったら、俺は大使に顔向けできません。大使にも、あなたにも、俺は本当にお世話になりました。だから、あなたに何かあったら、俺は耐えられない。どうかお願いします。何があってもこの便で退避してください」


震える唯斗の声に、加奈子の目からも水滴が落ちる。手を離すと、加奈子はそれを軽く拭って、いつもの笑顔を向ける。


「…ふふ、イケメンに手を握ってもらっちゃったわね」

「…はは、大使に怒られますね」

「あなたも、必ず無事でね」

「はい。必ず。ジブチでお会いしましょう」


時刻はすでに13時になろうとしている。そろそろ自衛隊機は離陸準備に入る必要があった。もう第一便では間に合わないし、それを互いに理解しての会話だった。

唯斗は不安そうにこちらを見上げる聡太の頭を撫でる。


「あと少しだ。頑張れ」

「雨宮さんは…?」

「次のフライトで行くよ。お母さんの言うこと聞くんだぞ。美紀さんもお気をつけて」

「うん…」

「あなたも」


聡太、美紀にも別れを告げ、3人を自衛隊員に託す。同時に、唯斗はすぐ近くにいたジョンに声をかけた。


「大使、まずは18名を先に自衛隊機へ。残りの搭乗予定者が間に合わないと判断したら、追加で26名を乗せられます」

「助かります。ではこちらの皆さんは、日本の自衛隊機へ先に移動してください!」


ジョンは若い女性を中心にしたグループを自衛隊員の方へ促す。ジョンが18名をカウントして先に行かせると、隊員が加奈子たちを含めて輸送機の方へと連れて行った。

そこに、リチャードが戻ってくる。


「だめだ唯斗、まだ検問のところで引っかかってる」

「そうか…仕方ない、第二便で行くしかないな」


数分して、隊員が戻ってくる。炎天下の中、滑走路を何往復もしているのに疲労を見せていないのはさすがだ。


「残りの皆さんはまだでしょうか。離陸時間を過ぎており、管制塔からは早く離脱するよう命じられています」

「間に合いません。残りの26名分の枠で米国人を連れて行ってください」

「な、雨宮さんは…」

「私は第二便で向かいます。傭兵もいますので心配ありません。とりあえず、すぐC130をこちらに向かわせてください」

「C130は念のためすでに離陸済みです。あと1時間半ほどで到着するかと」


状況を見て、すでに手配してくれていたらしい。不要であれば引き返せばいい、という判断だろう。そういう機転はやはり軍事組織なだけある。


「ありがとうございます。では、米国民とともに離陸を。邦人を頼みます」

「は。ご武運を」


唯斗は頷いて、ジョンに残り26名の避難も可能だと伝える。


「大使、26名分いけます。ただ急いでください」

「OK、ありがとうございます。ではこのゾーンの皆さん、走って輸送機へ!急いで!」


今度は男性中心だ。すぐに立ち上がった人々を見て、隊員は唯斗に敬礼をしてからゲートの外に出ていき、米国民もそれに続いた。

他国の輸送機も収納をどんどん進めており、ゲート付近からは人が少しずつ減ってきた。滑走路を走って輸送機に向かう人々を見ると、カーブル撤退を連想する。だが、あのときと違い、走っているのはほとんどが外国人だ。

その5分後、C2輸送機は離陸した。これで、少なくとも民間人と加奈子、美紀、聡太はジブチに避難させることができた。最も脆弱な立場の人々を出国させられたことで、ひとまず安心する。


「第二便はいつ来るって?」

「1時間半って言ってたから、14時半過ぎくらいだと思う」

「そうか。じゃあ、俺はまた保安検査場の方に様子見てくる」

「頼んだ」


リチャードに任せ、唯斗は一息つくべくカウンターのスタッフが座る椅子に腰かける。次々と滑走路を飛び立つ軍用機の数々に、タイミングが合えばこれから来る人々も載せたいところだが、そもそも今日だけでも積み残しが想定されるほど市内には外国人が残っていた。国連や赤十字のスタッフは最初から明日まで避難できない。



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