サヘルの夜明け−65


それから10分ほどして、リチャードが残りの現地人とJICA職員を連れて階段を下りてきた。リチャードから第一便は出発したことを聞いていたのだろう、不安そうにはしていたが驚いてもいなかった。

空いている椅子に座らせて待機してもらっていると、ジョンが声をかけてくる。いつの間にか米国民はほとんどいなくなっていた。


「雨宮さん」

「大使、退避されるんですね」

「はい。米国はこれで退避を完了します。ご協力に感謝します」


そこまで言ってから、ジョンは声をひそめる。唯斗も少し顔を近づけた。


「スターリンク端末については、フランス領事館に貸与しました。通信が必要になったらニコラ大使を頼ってください。話は通してあります」

「何から何まで、本当にありがとうございます。大使のお力添えがなければ退避はできませんでした」

「お互い様です。それでは私は出発します。どうかお気をつけて」


最後に固く握手を交わして、ジョンたちは最後の米国民とともに、米軍のヘリコプターに向かっていった。あれで周辺国の米軍基地まで行くのだろう。
ジョンのおかげで、陸路移動になったとしてもフランス領事館で本省に通信ができそうだ。通信手段があるというだけでまったく心持が違う。


そうしてバスゲートで待つ人の数がぐっと減り、滑走路の輸送機もあと2機となった13時45分ごろのことだった。


「っ、唯斗、銃声だ」


滑走路を見張っていたリチャードが、少し焦った様子で唯斗に声をかけてきた。唯斗の耳には聞こえなかったが、外に出ると、確かにうっすら聞こえてくる。さらに、滑走路もにわかに騒がしくなり、急に政府軍の兵士たちが滑走路を走って南の倉庫へと走り始めた。
さらに、空港北側の空軍基地からは、相次いで戦闘機が飛び立ち始める。すべて北東へと向かっていくようだった。

兵士たちの声に耳を澄ませる。プラ語で何か言っており、風に乗って届いた声からは、「退避」「DASAK」などと聞こえてきた。


「っ、くそ、間に合わなかった…!」


唯斗はカウンターに置いていたリストを掴んで鞄に押し込むと、座っていた全員を立たせる。


「DASAKが到達した!ただちに空港を脱出する、急いで立って!走るぞ!」


その直後、倉庫の方から爆発音が轟いた。何が爆発したのかは分からないが、現地人たちとJICA職員はすぐに立ち上がり、唯斗に続いて走り出す。リチャードは最後尾でゲートの方を警戒に当たっていた。
走り出した唯斗たちと爆発音に、ほかの外国人たちも立ち上がって走り始める。
階段を駆け上がると、コンコースはすでに逃げ惑う多くの人々でごった返していた。

唯斗はすぐに国旗を頭上に掲げて後ろを振り返る。


「絶対はぐれるな!小さい子供は抱えろ!」


全面窓からは、滑走路の車や輸送機の影から倉庫に向かって発砲する兵士たちが見えていた。ついに、反政府勢力、それもDASAK・CMM・ISNの連合軍が空港に到達したのだ。
爆発音に続いて銃声まで響き始めたことで、外国人を中心とした人々は途端に悲鳴を上げて走り出す。保安検査場に集中して人だかりができており、度々将棋倒しが起こっていた。

唯斗は目を走らせ、保安検査場のすぐそばにスタッフ用の通用口を見つける。入口には当然、カードキーがついていた。


「ムーサ!あの扉突破できるか!?」

「やってみます!」


ムーサは抱えていた子供を下ろして先に走り出す。代わりに唯斗がその子供の手を引いて後に続いた。
扉に到着したムーサは、扉を思い切り蹴破る。てっきり銃で鍵を壊すのだと思っていたが、素の脚力で扉を破壊してしまったのである。

そこは思った通り、エアラインのCAやパイロットが使う専用の保安検査場だった。


「急げ!早く!!」


唯斗は怒鳴るように急かし、ムーサが開いた扉から現地人とJICA職員たちを招き入れ、最後にリチャードとともに通路を抜ける。
その先はチェックインカウンターが並ぶ出発ホールであり、人々が外へと走り出していた。広いホールには恐怖にかられた人々の悲鳴がこだましており、まるでスタジアムのようだ。

そして外に出ると、車の合間を抜けていく。人々は適当に停められた車に乗ろうと、窓を壊したり鍵を下がしたりと車上荒らしをしており、駐車場からは逃げ延びた人々が次々と車を急発進させていた。
空港の混乱を見て、空港に向かう道を埋め尽くしていた道路の車も、てんでばらばらに反対車線に乗り出したり、道路を出て空き地を走り出したりしながら市内へと戻っていた。

そんな中、事前にこの状況を見据えて停車していたバスに到着すると、鍵を開けて扉を開きウマルを通す。
すぐに扉が開き、現地人たちが乗り込んでいく。素早く人数を数え、全員いることを確認して乗り込むと、リチャードも今回は助手席ではなく後ろに乗ってきた。左右を警戒できるようにするためだ。
JICA職員も乗せたため、すでに満席である。唯斗は立ったまま、ウマルに発進を指示する。バスは急発進し、よろめいた唯斗をリチャードが支える。

ウスマンとムーサは前方と後方それぞれに銃口を向けて警戒に当たった。

ターミナルから出てくる人々を撥ねないよう、しかし乗せてくれと追いすがられないような絶妙なスピードでウマルはバスを運転する。方向を事前に揃えていたおかげで、すぐにバスはロータリーを抜けてダンババ通りへのジャンクションへと向かっていく。

しかしその途中、道路脇で泣き叫ぶ少女を抱えた白人夫婦を見つけた。すでにほとんどの外国人がアラブ系や黒人であり、欧米系の外国人はあまり見かけなかった。混乱する中で、途方に暮れている男性と、妻らしき半泣きの女性、恐怖で泣く娘だろう少女だ。


「…ウマル、あの白人の家族乗せる。減速してくれ」

「はい」


この状況ではリスクだ。大勢の人に寄られたら動けなくなってしまう。だからこそ、停止ではなく減速を指示した。
バスが白人の家族に接近したところで速度が落ちる。そこで唯斗は手動で扉を開き英語で声をかける。


「こっちへ!早く!」


接近するバスについた日本国旗と、日本人らしい風体の唯斗が扉から身を乗り出すのを見て、すぐに白人一家はこちらに走ってきた。妻が乗り、子供を抱いた夫が乗り込む。

するとそこに、「乗せてくれ!」「お願い!」という声が聞こえてきた。綺麗な英語はネイティブか高度な教育を受けた人のそれだ。この国の人のものではない。
そちらを見ると、バスの後方から走ってくる者たちが見えた。アジア系男性が2人と女性が1人、そして白人男性が1人だ。

唯斗はすぐに手招きをする。減速したままだが走り続けるバスに追いついた彼らを収容すると、扉を閉めてウマルに指示を出す。


「ウマル!行こう!」

「了解です!」


ウマルはすぐに加速して走り出す。後から乗り込んだ外国人たちを通路に押し込み、唯斗は扉付近のポールにつかまる。明らかに定員オーバーだが、この国のバスはよく定員オーバーで走るため問題はないだろう。

さらにそこへ、ターミナルの方から激しい銃声が聞こえてきた。すぐにムーサが車内に叫ぶ。


「屈め!!」


現地人たちが一斉に体を倒し、唯斗も床に座ったため、外国人たちも通路で身を屈めて伏せる。ムーサとウスマンは窓をわずかに開けて銃口を出し、ターミナルに向ける。
こちらから撃てば狙われてしまうため、明らかに狙われるまでは撃たない。

子供たちはえらいもので、悲鳴を上げずにじっとしていた。恐怖で声が出ない、というのもあるだろう。

だがウマルの巧みなテクニックによって、バスはあっという間にダンババ通りを北上して空港を離れていった。


それから1時間半後、大使館に戻ってきたときには、空港と空軍基地は制圧されていた。



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