サヘルの夜明け−67
唯斗はいったんそこで話を終え、ほかの外国人たちのところに戻る。
すぐに、韓国人と思しき男性が声をかけた。
「私は韓国人ですので、日本まで退避させてください」
「分かりました。お名前を教えてください。また、パスポートもお願いします」
「パク・テギュです」
名前をリストに書いてパスポートを照会する。パスポートを返すと、今度は白人男性が申し出る。
「私はウィリアム・ドッジといいます。オーストラリア人です。私も、日本までの退避を希望します」
ウィリアムからパスポートを受け取りながらメモを取る。確か、オーストラリアは英国に退避を委託していたはずだ。英国の退避はほぼ終わっていたため、確かに日本まで退避した方が早いだろう。
最後に、残るアジア人の男女が意を決したように口を開く。
「私たちは中国人です。ジブチの中国軍基地に行きたいのですが、それでも日本の輸送機で退避できますか?」
「もちろんですよ。ジブチで自衛隊の基地に到着したあと、中国軍基地に連絡を取ります。お名前とパスポートを」
日本に頼る、ということに葛藤がなかったわけではないだろうが、そこは大陸の人間だ、自分の命の方が重要であるためわりとすぐに決断してくれていたようだった。
男性の方から名を名乗る。
「張乃翔です」
「私は林沁といいます」
これで外国人たちの保護が正式に決まった。
フランス人のポール一家は明日、フランス軍との合流時に引き渡す。中国人の張と林はジブチまで一緒に行き、日本基地から中国基地に移送する。そして韓国人のパク、オーストラリア人のウィリアムは日本までとなる。
その後、唯斗は7人を客室に案内し、施設内のルールや食事のことを伝えた。
ポール一家は1階のリチャードが使っていた外交官客室、パクとウィリアムは唯斗が使っていた方の外交官客室に通す。
そして張と林は2階のエドモンたちが使っていた客室を使わせることにした。二人は結婚していないが交際しているらしく、林を公邸に行かせる必要はないと判断した。
ついでに、2階の現地人たちにも簡単に状況の共有をしつつ、蝋燭は壁際にのみ設置するよう指示した。外国人たちにも伝えてあるが、今晩は特に、この建物に人がいないように見せる必要があるため、蝋燭の明かりが外に極力漏れないよう配慮させている。
ちなみに、唯斗とリチャードは今晩、公邸で寝る予定だ。夫のいないクレアとインナには申し訳なかったが、二人とも快諾してくれた。
JICAの職員は公邸のリビングや車中泊で分散してもらう。本当は外国人より彼らをベッドのある部屋に通したかったのだが、国際問題になるのも面倒なので、外国人の方を丁重に扱っている。JICAの職員たちも、「もっとすごいとこで寝たこともあるので」と言ってくれていた。
そうして18時頃、夕食時となったため、領事業務室で保護した外国人の記録とリストを作成していた唯斗は、いったん施錠して外に出た。
玄関から出ると、やはり離れた市街地からはコンスタントに銃声が聞こえてくる。
屋外に出るときは絶対喋らないようにすべての人間に言ってあるため、唯斗も足音をひそめて公邸へと向かった。
静かに鍵を開けて公邸に入ると、キッチンで備蓄を確認する。地上階のため、蝋燭は窓の近くに置いてあるが、それでも薄暗く見えづらかった。あまり匂いをさせたくもなかったため、大胆に調理することはできなさそうだ。
何にするか考えていると、インナとクレアがやってくる。さらに、ちょうどサンガレも玄関から入ってきた。
「ちょうどよかった。今晩なんだけど、匂いもさせないように、あまり調理はしない方向で考えてる」
「そうですね、ウォロフライスとかはやめた方が良さそうです」
クレアも頷く。ウォロフライスはセネガル発祥の西アフリカの料理で、肉や魚、野菜を煮込んだスープで米を炊くご飯のことだ。米国ではジョロフライフと呼ばれており、西アフリカ以外でも知られた料理である。
「ココナッツミルクでライスを炊くの、結構外に匂い出るか?」
「全員分となると出るでしょうね。ライスも量が心もとないので、ここは簡単にフフにしましょう」
サンガレが匂いが出ると指摘したため、ライスは除外する。確かに、米はもともと量が少なく、全員分作るとなると少し足りなさそうだ。フフは余っているため、最初からフフだけにした方がいい。
「分かった。水ももうない、ココナッツミルクを温めてフフを作ろう。トマト缶は…1世帯1つあるかってとこか。ピーナッツバターソースの味付けになるものも、サツマイモソースと唐辛子くらいだな」
「醤油もありますよ」
するとインナがそう言って醤油のボトルを振る。かなりの量が残っていた。確かに、昨日は日本人たちに醤油ベースのピーナッツバターソースが大人気だった。
「あたし結構これ好きなんです」
「私も嫌いじゃなかったわ。サンガレは?」
「私は普通に唐辛子でいいかな。アジア人は醤油にしてあげたら?」
インナとクレアにも好評だった。サンガレはそこまでだったようだが、確かに彼女の言う通り、中国人や韓国人にはそれもありかもしれない。
そこに、玄関の呼び鈴が鳴らされた。唯斗が扉を開くと、ちょうど張と林、パクが立っていた。
とりあえず3人を中に通して扉を閉める。
「どうしました?」
「食事の準備はこちらだと聞きまして、これを」
そう言って、張はラー油、林はごま油と豆板醬、そしてパクはキムチを見せた。さすが中国人と韓国人、自分たちの好みの味付けにするためにこうしたものを持ち歩いているらしい。
「…それを持って退避を?」
だが彼らと出会ったのは空港だ。そう尋ねると3人は神妙に頷く。それがおかしくて、唯斗はつい噴き出した。
それを見て3人も笑いだす。どこまでいっても、中国と韓国、日本は食事に対して命をかけているところは変わらない。なんだか久しぶりに笑った気がして、外の状況はこれまでで一番最悪であるにも関わらず、普段いがみ合っている国の人々とこうして笑いあっていることが、ひどく嬉しかった。