サヘルの夜明け−71
3区の北の端、ラヴァル川に面したラヴァルヴィル中央病院にたどり着いた二人は、検問を担っていた政府軍とフランス軍に唯斗のパスポートで身分を証明し、川を渡って1区に入る許可を得た。
現在、1区の大半は政府軍とフランス軍が制圧している。
1区を歩いてフランス領事館に到着したときには、すでに9時を過ぎていた。
正門でも身分証明をして敷地に入り、建物の前でリチャードを待たせてエントランスの受付で領事を呼ぶと、10分ほどでニコラがやってきた。
「唯斗さん!ご無事でよかった!」
「ニコラさん、なんとか無事です」
「しかしこうしてお越しになったということは、退避はできなかったんでしょうか」
「大半の邦人は退避させられましたが、第二便を待っている間に空港が陥落しまして。道中、フランス人一家も保護し、大使館に匿っています。ポール・アンドレの一家です」
「それはなんと…!ありがとうございます、空港からの避難に際して行方が分からなくなっていたんです。本当に良かった…!」
連絡が取れない状況のため、はぐれてしまえば行方不明となる。幼い子どももいる世帯であったため、ニコラもかなり気を揉んでいたのだろう。
そろそろ本題に入りたい。エントランスにはそれなりに人がいる、唯斗は声を小さくしてニコラに顔を寄せると、ニコラも体を屈めて傾聴する。
「米国のジョン大使から、スターリンク端末が貸与されていると聞いています。厚かましいお願いで恐縮ですが、本国に連絡を取らせてもらえませんか」
「ジョン大使から話を聞いているなら良かった。もちろん構いません。もともと、今日は我が国の軍とともにウーロ・ジャムに移動し、国連などの退避に自衛隊機を使わせてもらう予定でしたから」
やはり、自衛隊機によって退避を提案する立場で良かった。これができるかどうかで、得られる情報も機会もまったく違う。自衛隊の派遣には否定的な声もあるし、スーダンやアフガニスタンで部分的にしか退避させられなかった批判もあったが、こういう数字に表れない極めて重要なメリットがあるのである。
ニコラの案内で領事館の奥に向かう道すがら、ニコラは現在の市内の状況を教えてくれた。
「現在、ラヴァルヴィル空港および併設の空軍基地はDASAKの連合軍によって占拠されています。9区、10区、3区西部を概ね勢力範囲としており、そのほかISが3区の独立広場と新ビジネス街を拠点として確保。政府軍は9区でラヴァルヴィル動物園、第28高校、第56中学校、東産婦人科病院を抑えて外国人を保護しています」
9区は空港がある市内南東部、10区は南部の地区である。3区は9区と10区に隣接しており、西部が制圧されているほか、3区北部にあるビジネス街周辺の独立広場も占拠しているようだ。つまり、市内南部一帯がDASAKの連合に制圧され、ISが市内中央部に確固たる橋頭保を築いた。
「JMASはラヴァルヴィル大学を占領し、ARSN本体と合流、これらのクーデター連合軍で11区、5区、6区、7区を勢力圏としています。クーデター連合軍の本拠地は7区の大モスク。政府軍は、5区の西警察署、および7区のオールドモスクと聖ギヨーム教会を確保しています」
一方、JMASとARSNも合流し、クーデター連合軍として市内西部の11区から北部の5〜7区一帯を制圧している。6区と7区は1区とラヴァル川を挟んで北側に隣接して広がる。政府軍が勢力圏に食い込むように拠点を確保して必死に抵抗している、といった様相だ。7区のオールドモスクと聖ギヨーム教会はダンババ通り沿いにあり、1区からラヴァル川を超えたところにある。川の向こうにある唯一の拠点であり、ここが落ちるとすぐに1区中心部に到達されてしまう。
「ということは、3区東部と4区、8区、および政府軍とフランス軍がいる1区と2区が、DASAK連合とクーデター連合軍との緩衝地帯になっているわけですね。街の外側はどうなっているんでしょうか」
4区、1区、2区、8区と街を西から東に横断して広がるエリアが緩衝地帯になっており、北部のクーデター連合、南部のDASAK連合とがにらみ合っている。
緩衝地帯中央にあたる1区と2区は政府軍とフランス軍が制圧し、日本大使館は3区東部に位置する。緩衝地帯のDASAK寄りの外側であり、中心部へ侵攻する際には通り道となる。
「郊外では、JMASの後方補給部隊がアルコディア、ナザラクに駐屯しており、マドゥー、フォコにはARSNが部隊を置いているそうです。これにより、ニジェール川方面と国道1号線方面は通れません。DASAKは国道1号線沿いの集落をすべて制圧しています」
ラヴァルヴィルと他の都市を結ぶ主要街道は、南のハイレに向かう国道2号、10月2日湖の東側を抜けてウーロ・ジャムに向かう国道1号と西側を抜ける国道82号の3本がある。それ以外は、険しい砂漠を抜ける旧道か、ニジェール川の増水で氾濫原となっている川沿いの道しかなく、これらの道は使えないに等しい。
そのうち、JMASは11区の西側にあり湿地帯で唯一地盤が固いアルコディア地区と、市街地北西部でニジェール川からラヴァル川が引き込まれるラヴァルヴィルの河川港ナザラク地区を制圧しているため、ニジェール川沿いの西方面の輸送ルートを確保されている。ARSNも国道2号に睨みを利かせる北東部のマドゥー地区、フォコ地区を制圧しているため、10月2日湖東ルートも使えない。
南のハイレ方面は言わずもがなDASAK連合軍によって占領されている。
「ウーロ・ジャムに向かう道は国道82号だけ、ということですね。しかし…」
「はい。国道82号は、ここからだとほとんどの道がARSNの勢力圏、特に拠点となる大モスクを通過しなければたどり着けません。唯一の安全な道は、8区を抜けてマロリ湖から迂回するルートのみです。ARSNとの交渉で、今日一日のみ、このルートを安全回廊として設定しています。しかしながら、ARSNとDASAKが8区で交戦した場合はこの限りではありません」