サヘルの夜明け−74


そうなることは予想していた。ただでさえ外国人の保護と退避でフランス軍はてんてこ舞いだ。広大な市内から回収するのはそれ自体が大変だというのに、この国はいまだに通信が回復しておらず、各勢力が群雄割拠して戦闘を行っており、政府軍は使い物にならず警察はすでに崩壊した。
19名もの現地人のことまで保護できない、というのは仕方のないことだし、彼らも拒否ではなく遅延を提示している。拒否してもいいくらいだ。本来、日本が保護したのなら自衛隊が輸送するべきところ、危険をフランス軍に押し付けて任せきりにしているのと同義なのだから。


「では、フランス国籍3名は当初予定通りそちらにすべてお任せするとして、残りの外国人4名、および日本人5名の計9名を、フランス軍の車列で陸軍基地まで移送してもらえませんか」

「え…雨宮さんはどうされるんですか?」

「私は傭兵1名と現地人19名を連れて、自力で陸軍基地まで移動します。幸い、傭兵はもちろん、現地人2名は大使館の警備であり武装しています。なんとか戦えるでしょう」


外交官を危険に晒すわけには、とイザベルは思っているようだったが、唯斗の意志は固かった。


「彼らが頼れるのは私だけです。私は彼らに最後までついていてやらないと」

「…分かりました。それではせめて、動きやすくガソリンも入れてあるバンを提供します。こちらもバスが必要なので、交換ということで」

「助かります。それでは引き渡しを」


イザベルは事務員にバンを用意するよう指示し、唯斗は車内の外国人たちとJICA職員に降りるよう声をかける。

唯斗とイザベルはバスの出入り口に立ち、バスから降りる際に、一人ひとりパスポートチェックを行う。

まず降りてきた日本人5名のパスポートを唯斗が確認する。


「豊田さん、私は現地人とともに自力で基地へ向かいます。皆さんはフランス軍とともに基地へきてください」

「な…っ、現地人を護送する余力はない、ということですね」

「はい。基地でお会いしましょう」

「どうか、どうかお気をつけて」


さすが、豊田は理由をすぐに理解した。5人をイザベルも確認し、次にフランス人のアンドレ一家が下りてくる。フランスの外交官を見てひどく安心したようにしていた。
唯斗はポール、カトリーヌに声をかける。


「それでは現時刻をもって、日本国よりフランス共和国にあなたたちの保護を委ねます。短い間ですが、ご協力ありがとうございました」

「こちらこそ、なんとお礼を言えばいいか…本当に、ありがとうございました」

「あなたのおかげで私たちも娘も生きています。心から感謝を」


カトリーヌは少し涙を流していた。唯斗は笑顔で頷いて、カトリーヌに抱きしめられているアンナにも手を振った。


「元気でな」

「…ありがとう」


拙い発音でそう返してくれたことに和みつつ、3人は別のフランス兵に引き渡され、フランス人が集められている方へと向かっていった。

最後に、オーストラリア人のウィリアム、韓国人のパク、中国人と張と林が出てくる。


「皆さんはほかの日本人と一緒に、フランス軍の護衛で陸軍基地に向かいます。私は別行動で基地へ向かうので、基地でまたお会いしましょう」


こちらは唯斗が別行動を取る理由は分かっていない。そのため、パスポートを返しながら、全員に送り状を手渡した。


「この送り状は、皆さんを日本が保護していることを示すものです。もし万が一、私と合流できなかったとしても、気にせずにウーロ・ジャムに向かい、自衛隊にこれを見せてください」


本来それは外交官である唯斗の役目だ。それを送り状で示すことの意味を理解した彼らは、ようやく心配を表情に浮かべた。


「それではまた後ほど」


だが時間がない。JICA職員とともに、外国人たちもフランス兵によって外国人の車列へと案内されていった。
そこにちょうど、代わりのバンがやってくる。イザベルは唯斗に向き直った。


「マロリ湖より外側で82号に合流さえできれば、あとは問題ありません。マロリ湖の北側一帯はトゥフンデ・ウォルゴのスラム街がありますが、ここには武装勢力がいないものの、ほとんどがムスリムなのでどの勢力にシンパシーを持っているか分かりません。道も悪くとても通れませんので、スラムを避けるようにして82号線を北上し続け、陸軍基地に回り込んでください」


大回りに大回りを重ねるルートだ。提供された方はともかく、もう一台のガソリンはギリギリだろう。だが行くしかない。
唯斗はイザベルと握手を交わす。


「ご協力に心から感謝します」

「こちらこそ。どうかご無事で」


イザベルが立ち去ったのを確認して、唯斗は車内に呼びかけた。


「全員、こっちのバンに乗り換えてくれ!ウマルもこっちの運転を頼む。バスの鍵は差しっぱなしで。リチャードは俺と一緒にムーサの車に乗ろう」


ウマルは頷いてエンジンを切り、鍵をつけたまま外に出る。リチャードも「了解!」と元気に返事をして、ライフルをいったん背中に戻してから降車する。

ウマルが運転するバンは2台目ということになる。唯斗はバスから国旗を引き抜いて移し替えようとしたが、ここから先は狙われる危険の方が高くなるため、そのままにした。


「全員、なるべく壁側に荷物を置くんだ。狭いだろうけど、少しでも被弾を減らすために我慢してくれ。子供は必ず通路側に乗せて、体を倒せるように」


唯斗はバンに乗り込む現地人たちにそう指示する。銃弾は車を貫通してしまうため、少しでも減衰できるよう、手荷物を座席の壁側になるべく敷き詰められるようにして置かせた。

1台目となるムーサ運転のバンでも、いったん荷物を置きなおすよう指示。インナたちが急いで荷物を壁際に並べていく。

その間に、唯斗はムーサとウマル、リチャードを呼んで地図を見せた。


「今俺たちがいるのはここ、1区のマリア病院。そんで行先はここ、スラムの北側にある陸軍基地。6区と7区、マドゥー地区はARSNの勢力下にあり、8区を抜けてマロリ湖らへんから回り込んでカコンジ地区あたりで国道82号に入るルートを想定してる。どう思う?」


すでに敵勢力の配置も書いてあるため、全員硬い表情で頷く。もうそれしか方法はない。


「これは俺の予想だけど、マドゥー地区中心部は空爆で壊滅してるから、ARSNの拠点は恐らく地区の中心部より南の8区側だと思う。だとすると、DASAKが進軍してくれば、拠点があるだろうポイントから大モスクまでまっすぐ進むルートを取るはずだ」

「ちょうど俺たちが通る場所、ってことだな」


リチャードが言う通り、この先考えられるリスクは、ARSNに攻撃を仕掛けるDASAKの進軍ルートを横切る形になるということだ。ばったり鉢合わせる、ということすらあり得る。だがこればかりは運だ。


「攻撃を受けたら全速力で逃げる。それしかできない。敵としても、たった二台の車を追うよりも、目の前に迫る軍勢の方が重要だ」

「北部は詳しいので、いざというときは私が道を取ります。ウマル、それでいいな」

「頼んだ」


ムーサは7区の住民だ。北部のムスリム居住区のことはよく知っている。ムーサが運転する方を1台目としたのもそれが理由である。


「唯斗さん!準備OKです!」


そこにウスマンが声をかけてきた。全員乗り込んだらしい。

いよいよ、退避に向けた最後の難関、ラヴァルヴィル市街地からの脱出を試みる。



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