サヘルの夜明け−76


「っ、ムーサ!あいつら多分あまり土地勘はない!ほとんどがハイレの向こうから来たDASAK連合本体の人間だと思う!」

「そうか…!では、地元の人間しか通れない道に出て撒きます…ッ!」


ISの橋頭保は3区西部の市内中心部にある。この辺りに来ているのがDASAK、CMMの者だとすれば、西部3州や南方高原州から来ている者たちの可能性が高い。
今度は前方から待ち伏せして撃ってきた兵士たちをリチャードが正確に撃ち殺し、2台目からウスマンも狙撃することで歩兵は減っていく。だが、後ろからはしつこく車が追いかけてきていた。

正面には、マロリ通りとカコンジ通りが交差する地点が見えてきている。追跡する車はぴったりと後ろについており、リチャードとウスマンの牽制射撃によって距離こそ取れているが撒くことはできていない。

するとムーサは、カコンジ通りに入らず直進した。後ろからウマルの運転するバンもついてくるが、動揺からか車体が揺れた。


「唯斗さん!これよりマロリ湖の氾濫原を抜けます!ウマルに必ずこの車が通った場所と同じ場所を通るよう無線で伝えてください!」

「…分かった!任せたぞ!」


増水期は終わりに近づきつつあるが、内陸デルタの氾濫はまだ終わっていない。マロリ湖はニジェール川から水を引く灌漑用のため池であるが、10月2日湖よりも周囲の土地が低いため、この時期はまだ周囲が水浸しになっている。
そんなマロリ湖の氾濫原を通り抜けるということは、最悪の場合、車が足を取られて動けなくなることを意味する。まさに地元民にしか分からない、硬い土のある場所を通るのである。


「こちら雨宮、これよりムーサがマロリ湖氾濫原の地元民しか知らない道を通る。ウマル、難しいと思うが必ずムーサが通った場所を通るんだ」

『了解です!』


ウマルの必死な声が聞こえてくる。背後からの銃撃を最も受けているのは後続の2台目だ。必死で蛇行運転をして射線を逸らしている。

通り沿いの建物が急に低くなってくる。市街地の北のはずれに差し掛かっているのだ。空き地や廃墟も目立っている。
そして、マロリ通りは舗装がなくなり土の道になる。周囲も昔ながらの焼きレンガ方式の低層住宅になっており、それもまばらだ。未舗装だけあってバンは左右に大きく振られ、スピードも落ちるが、ついに目の前には広大な湿地帯が姿を現した。

乾季の渇水期には一面が畑や田んぼとなり、増水期には湖となり、移行期には湿地帯となる。今は移行期の後半であるため、湿地帯には2メートルはある背の高い水草が生えている。

増水期に「沿岸」となる市街地の切れ目を抜ければ、バンは泥の中に車輪を埋めた。一気にエンジンをふかしてタイヤを回転させ、ムーサは車を前に進める。減速しているため、リチャードは弾幕を張るように何度も銃を後ろに向けて放つ。
すぐにバンは固い土の上に乗り上げ、再び加速。後続車もアクセルが効くようになるが、追いかけてきていた3台のうち2台は水平方向にこちらへ突っ込んできたため、水に浸かっている場所に着地してしまったのか、一気に車が水没する。当然進まなくなり、後続車の真後ろにつく車だけが追いかけてくる。

こちらの意図を理解したのか、後ろの別の2台も、残った1台の後ろに続くように縦に続くため、これで車から銃を撃てなくなる。直線に並んでしまえば射線が揃わないからだ。


「リチャード、左に曲がる。水草の陰から一番先頭の車をパンクさせられるか」

「分かった」


リチャードはライフルを素早く別のものに変える。同じライフル銃のようだが、銃口が広い。口径が大きくなり威力が上がるのだ。ショットガンの一種だろう。
走行中の車のタイヤは簡単にはパンクさせられないため、拳銃くらいでは歯が立たず、このような口径の大きい銃が必要だった。

道なき道を進むバンは、急に左折する。内輪差を正確に考慮して、沼に落ちないように曲がると、水草によって窓が覆われ光が遮られる。リチャードはその隙間から、極めて正確に、2台目の後ろを追いかける車の左前のタイヤを狙撃しパンクさせ、続けて装填し後ろの左のタイヤもパンクさせた。薬莢が水に落ちる音が僅かに聞こえた直後、完全に停車した車が道をふさぎ、その後ろから接近しようとしていた車がつっかえてしまう。

すぐにムーサはアクセルを踏む。ウマルも続き、2台は一気に水草の合間を抜けていく。強引に追いかけようとした後ろの1台が異なる場所で曲がったために水没していき、完全に追手はなくなった。


「すごいな…」

「あぁ!見た目には分からない道を正確に選ぶとはすごいな!」

「いやムーサだけじゃなくて一撃でパンクさせたお前も大概だけど…でも本当に助かったムーサ、速度勝負じゃジリ貧だったし、女性や子どもに犠牲が出てた」


唯斗の言葉を聞いて、ムーサは苦笑する。


「これだけの人数を、こんな状況でまとめあげて退避させたあなたには敵いません。あなたがいなけば、そもそもここまで至っていなかった」

「それもムーサやみんなの協力あってのことだ。みんなの力だな」


謙遜ではなくそういえば、ムーサも笑って頷いた。そして正面を指さす。


「この先、再び台地に戻ります。すぐにアカバン通りに出るので、アカバン通りに入って北上しましょう」

「アカバン通りを北上…まさか、スラム街に入るのか?この車で?」

「私はトゥフンデ・ウォルゴ・スラムの出身です。スラムのことは熟知していますし、頼れる知り合いもいます。恐らく奴らはまだ追いかけてきますから、スラムで少し待機してやり過ごしましょう。そしてスラムを突き抜ければ、国道に出るまでもなくすぐ陸軍基地です」


トゥフンデ・ウォルゴはプラ語で「北の丘」を意味しており、文字通り、マロリ湖と陸軍基地の間に広がる小高い丘だ。この丘の周辺にスラム街が広がっている。
この丘とスラムを避けるために、国道82号はマロリ湖の西を大きく逸れていくのだ。一方、この先のアカバン通りは国道82号に並走するような道だが、こちらはスラム街の南にあるアカバン地区が終点となる。アカバン地区を超えればすぐスラム街だ。


「…分かった、ムーサ、頼んだ」

「お任せを」


時刻はまだ13時、確かに西の方からは銃声が聞こえてきており、市街地に戻ればまたすぐ追いかけられる恐れがあった。国道で追いかけられれば基地まで保たないし、そのような速度を出せばこの車のガソリンも保たないだろう。

スラムを通るというのはリスクがないわけではなかったが、ここの出身だというムーサを信じることにした。



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