サヘルの夜明け−80


時刻は14時前、基地からの民間人車列の出発まで1時間に迫っている。
ようやく2台のバンはスラム街を抜けて、乾燥した砂漠に出た。スラム街の端に行くにつれて建物が廃墟になっていたが、基地に近い部分はほとんど人がいなかった。

そして建物が並んでいた場所を出ると、途端に何もない広大な地面が広がる。ここから先は、ニジェール川の氾濫原以外はほとんど砂漠となる。
その砂漠部分に位置するのがラヴァルヴィル陸軍基地だ。非常に広い敷地を持ち、演習場も兼ねている。基地を取り囲む高い塀、見張りの塔、滑走路やヘリポート、巨大な倉庫などがいくつも見えていた。

主要な入口は、西の国道82号につながる道と東の国道1号につながる道にあるが、スラムのある南側にも大きな門が見えていた。その前には当然、武装した兵士と戦車、機動車の姿もある。


「スピードは落とさなくていい。まっすぐ、普通に接近してくれ。向こうから止まるよう命令があったら減速して停止するけど、減速は少しゆっくりめで」

「分かりました」


唯斗の指示通り、ムーサは土が周囲より硬いというだけの道とも言えないような道をまっすぐ進む。赤土の固められた道路はガタガタとしており、小石が撥ねる音が響く。
警戒の兵士たちがだんだんと南の入り口に集まり始めたのがここから見えた。
リチャードもライフルはさすがに車内にしまっている。こちらに戦う意思がないこと示すべき場面だ。何せ、今の状態では兵士たちからは武装勢力にも見えている。


『そこの車!止まりなさい!この先は陸軍基地である!許可のない者は立ち入れない!』


そこに、やはりフランス語で停止命令が出た。ムーサはゆっくりブレーキを踏み、基地に近づきつつも減速していく。

やがてバンが完全に停車したときには、入口まで60メートルほどになっていた。


「俺が出る。全員このまま」


唯斗はそう言って、鞄から布を取り出す。スライドドアを開けて外に出ると、2台目にも手で制して留まるよう指示する。

門の前に整然と並んだ兵士たちは一斉に銃をこちらに向ける。バンの車内にはとてつもない緊張感が走り、インナがアンリをぎゅっと抱きしめるのが見えていた。

そして、唯斗はゆっくりと持っていた布を広げた。
それは、大使館に掲げられていた日本国旗だった。

唯斗は声を張り上げようかとも思ったが、この距離と風では声が拡散してしまうだろうと諦める。ただ、大きな国旗を両手で広げてじっと兵士たちを見つめた。国旗の端を持つ両手は、手を挙げて降伏のポーズをしているようにも見えることだろう。

兵士たちがざわついて、こちらに数人が駆け寄ってくる。
声が聞こえる位置になって、唯斗が声を上げた。


「我々は日本国大使館です!保護を求めます!!」


この日の丸を背負い、命を落とした橋本と倉石を思い出す。銃撃を受けても、旗が朝日を受けていた姿も思い出す。これをポールから降ろし、抱えたときの苦しさも思い出す。
今、この日の丸は最後の仕事をしていた。

銃を下ろして駆け寄ってくるトリコロールの腕章の兵士たちの後ろで門が開く。中からブロンドの髪の女性も走り出てきた。外交官のイザベルだ。

先に到着した兵士たちに身分を証明し、銃を持った者が傭兵と警備員であることを伝えた。念のため兵士たちはバンに探知機をあてて爆発物がないかを確かめる。

その間にこちらに到着したイザベルは、息を切らしながら微笑んだ。


「ご無事でよかったです、唯斗さん」

「ありがとうございます、イザベルさん。現地人19名、傭兵1名、外交官1名、貴国の保護下で首都への移動を依頼します」

「承ります。1時間後に出発します、まずは基地へ」


イザベルと握手をして、唯斗はいったん車に戻る。兵士たちの許可も出て、車は基地へとゆっくり走り出す。門の前をふさいでいた兵士たちが脇に避けて、2台のバンは基地の中へと誘われた。

この永遠のように長かった1週間が、ようやく終わろうとしている。



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