サヘルの夜明け−82
途中、トイレ休憩や故障車からの乗客の振り替えなどを行ったため、中央東州のウーロ・ジャム空港に到着したのは17時45分のことだった。
すっかり日が沈み、砂漠の冷たい夜の風が吹き抜ける。寒さに身を震わせながらバスを降りると、そこはすでに滑走路だった。ターミナルすら入らず、バスから直接輸送機に乗り込むのだ。
停電していない首都の空港は煌々とした明かりに照らされ、何機もの軍用機が滑走路に駐機しているのが見えている。
待機していた各国の兵士たちのうち、自衛隊員が駆け寄ってきた。ラヴァルヴィルでも案内をしてくれた空尉だ。
「三河さん、でしたよね。今回もありがとうございます」
「ご無事で何よりであります!」
「外交官およびJICA職員6名、日本国保護下にある現地人19名、外国籍市民4名、傭兵1名、合計30名の移動を完了しました。全員揃っていますので、まずは輸送機へ。C2の空席を教えてください」
「は。40名の空きとなります」
「分かりました。フランス側に伝えます。自衛隊機は…あそこのヤツですね」
「その通りです」
唯斗は、バスから降りてきた者たちを三河の周辺に集めつつ、大勢の人でごった返すバスの並びからイザベルを探す。
少し離れた場所にニコラと一緒にいるのが見えたため、唯斗はそちらに駆け寄った。
「イザベルさん、領事!」
「唯斗さん、」
二人はすぐにこちらに向き直る。唯斗は、シロナガスクジラとも呼ばれる白い特徴的な自衛隊機を指さす。
「あのC2輸送機ではあと40名を収容可能です。行先はジブチ基地です」
ニコラは場所を確認して頷き、そして唯斗と握手を交わす。
「では後ほど40名をそちらに向かわせます。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそ、本当に感謝の念に堪えません。ありがとうございました。イザベルさんも、助かりました。ありがとうございました」
イザベルとも握手を交わす。これで二人ともお別れだ。二人はまだ、このあとも残された外国人や現地協力者の退避にあたる。
「それではお元気で。無事を心から祈っています」
「唯斗さんもお元気で」
ニコラ、イザベルと別れ、唯斗は三河たちのところに合流する。さっと人数を数えて問題ないことを確認した。
「では行きましょう」
「は。危険ですのでくれぐれも注意してください」
唯斗は頷いて、フランス語と英語で全員に気を付けるよう呼びかける。これだけ多くの軍用機や輸送車が集まっているうえに、明るいとはいえ夜だ。事故にでも遭ったら洒落にならない。
三河の案内で滑走路を歩くこと15分、広大な空港であるため時間がかかったが、ようやく自衛隊機に辿りついた。自衛官らが回りを動き回っていたが、こちらを確認すると一度止まって敬礼してから作業に戻る。
「パスポートを確認します!一列になって!」
唯斗の言葉を受けて全員列になる。日本人と外国人にはパスポートチェックを、現地人には身分証の確認をして送り状を渡す。
それが終わった者から輸送機に入っていき、壁面の格納シートに腰を下ろしていく。
最後にリチャードのパスポートを確認してから、唯斗は三河に向き直る。
「全員の収容を確認しました。このあと、フランス政府保護下の40名がやってきます。やってきたらそのまま機内へ通してください」
「了解しました!」
三河が外で待機してくれるため、唯斗はリチャードとともに機内に入る。無機質な輸送機は、中央部に機動車が鎮座しており、いざというときには陸路輸送も行うつもりだったのだと窺えた。
シートに着席して、ジェットコースターのような両肩のシートベルトを装着する。
少ししてほかの外国人たちも相次いで搭乗し、自衛官らも戻って満席になると、ハッチが閉まる。
いよいよ出発だ。離陸のGを横向きに受けるというレアな体験をしながら、どんどん滑走路を走る輸送機が上空へと浮き上がる。
背後の窓から外を見下ろすと、整然としたウーロ・ジャムの夜景が見えた。じきに陥落する国の首都である。
大使たちが亡くなってから1週間、1月19日18時13分。ついに、ピナルエサヘル共和国を脱出した。