サヘルの夜明け−83


2024年1月20日

ピナルエサヘルを出国して約5時間後、輸送機はジブチの自衛隊基地へと到着した。
ジブチ現地時刻で午前3時半ごろ、時差は3時間であるためピナルエサヘルは日付を越したくらいの時刻である。

基地の自衛隊員たちにとっては深夜どころか未明だというのに、着陸した唯斗たちを万全の体制で出迎えてくれた。
検疫もあるため、全員が衛生兵による診察を受けたのち、日本が保護していない外国人については全員、隣接するフランスや米国の基地に移送された。また、日本が保護した林と張についても、ジブチ国内にある中国軍基地に保護されていった。

自衛隊基地では、邦人と現地人、およびオーストラリア人のウィリアムと韓国人のパクを保護することになり、検疫と診察後、民間人は宿舎に案内されていった。リチャードはいったん武器を自衛隊に預けてから宿舎へと先に向かった。

一方、唯斗は駐ジブチ日本大使と面会し状況を報告、ねぎらいを受けてから、衛生兵による全員の健康状態の報告を軽く受け、今後の打ち合わせを軽く行う。
明日、といっても実質今日だが、9時半に基地が隣接するジブチ空港の滑走路で日本の航空会社のチャーター機に搭乗、10時に離陸という形でまとまった。朝はゆっくりできそうに見えるが、唯斗はジブチ大使とともに、出入国審査を受けていない退避対象者たちの領事業務を行う必要がある。

だが、もうここは攻撃を受けることのない安全な場所であり、水や食事の心配もない。それだけでまったく違った。

最後に、唯斗は本省に連絡を取る。日本は朝の9時を過ぎたところだ。


『こちら外務省危機管理担当です』

「駐ピナルエサヘル共和国日本大使館の書記官、雨宮です。無事、すべての邦人と現地協力者、保護した外国人の全員をジブチ基地に退避完了しました」

『雨宮さんっ、そうですか、よかった…!本当にご無事でよかったです。自衛隊からの連絡は先ほど本省でも確認していましたが、直接安否が確認できて安心しました』

「この度は迅速なご対応をいただきありがとうございました。私たちが無事に帰国できたのは、本省の適切なサポートあってのことです」

『いえそんな…まだ若手の外交官だというのに、よくこんな状況を1人で退避させられたものです。これはオフレコですが、大臣や総理も驚いておられました』

「ガーナの佐伯大使にもよろしくお伝えください。時差のことがあるので、恐らく帰国するまで直接連絡できないと思います」

『はい、確かに承りました。本当にお疲れ様でした。ゆっくり休んでください』


通話を終え、目元を抑える。さすがに疲労でくらっと来た。だが、これですべてのやるべきことは終わった。

唯斗は基地の大使館施設を出ると、宿舎へと向かう。通路を抜けていき、宿舎の施設に入ると、自動販売機が並んだラウンジのような場所に見慣れた女性の姿があった。
女性はすぐに立ち上がり、ぽろっと涙を流す。


「…加奈子さん、ご無事でよかったです」

「それはこっちのセリフよ…!よかった、怪我はない?体調は?」


加奈子はこちらに駆け寄ると、唯斗の様子を一通り確認して目元を拭う。第一便が退避してから1日半くらいしか経っていないはずだが、もっと経過しているような気もする。


「大丈夫です。美紀さんと聡太君も大丈夫ですか?」

「ええ、みんな元気よ。インナちゃんたちも退避できたのね?」

「はい、全員無事です。怪我もありませんでした」


加奈子はようやく笑顔を見せる。恐らく、唯斗たちが退避したと聞いて待っていてくれたのだろう。


「…大使が亡くなってお辛かったところ、ご協力をいただきありがとうございました」

「いいのよ。気を遣ってくれた部分もあったんだろうし、実際楽だったもの。あなたこそ、1人でつらかったでしょう。本当に、よく頑張ったわね。お疲れ様。あなたのおかげで、私たち邦人は全員逃げることができたのよ」


唯斗のことを息子のようによくしてくれた人だったから、その言葉はストンと心の中に落ちた。ぐっと込み上げるものもあったが、唯斗はそれを堪え微笑む。


「…そうですね、人生で一番頑張ったと思います。ありがとうございます。さあ、朝になったらいよいよ帰国です。もう休みましょう」

「そうね、引き留めてごめんなさい。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」


加奈子と別れ、唯斗も指定された部屋へ向かう。そうだ、確かに、唯斗は人生でこれまでなかったというほど、必死になった。
そう思ったとき、リチャードに無性に会いたくなった。



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