Dom/Subシリーズ−獅子心王の狂気5
終始リチャードの腕の中にいる。その状態だけでケアになっているが、自室に戻ると、本格的にリチャードはドロップ状態からのケアを行った。
ベッドの中、リチャードの腕に頭を乗せるようにして抱きしめられ、「いい子だ」「よく頑張った」と褒められる。
もっとひどい状態なら、あえて信頼できるDomがコマンドを出してSubの意識を強制的に自分に向けさせるところから行う必要があるが、特異点内で助け出された時点で唯斗の意識はリチャードにしっかり向いていたため、そこまでする必要はなかった。
ジャケットを消し、ネイビーの半そでのインナー姿になっているため、筋肉のラインがよく分かる。むき出しになった太い腕は頭の下にあり、呼吸に合わせて胸板が動く。
ふと、こんな近くにいてくれるのか、と思い至る。今更のことだが、ああやって男たちに蹂躙されたこの体と触れていることが嫌になっていないのだろうか。
「…リチャード、」
「うん?」
「…嫌じゃねぇの、俺に触れんの。あんなんされたあとで、なんつか、汚い、とか、そういうの」
自分で聞いておきながら、リチャードのインナーの裾を握ってしまう。リチャードがそう思っている、とはさすがに疑っていないが、この本能的な不安に言葉が欲しいだけなのだろう。我ながら女々しくて嫌になる。
しかしリチャードは微笑んでから、唯斗を深く抱きしめた。胸板に顔を押し付ける形となり、その温もりに、唯斗も背中に手を回す。
「あんな下賤の者どもに、唯斗を汚せるわけないだろう?自分の孤独に寄り添った歴史を守り、敬い、それをつないだ者たちである英霊を尊ぶ。今を生きる人類として人理存続のため、誠実に戦い続けた。そんな君を好きになったし、それは変わらない」
その真摯な言葉に、ようやく、心の中にあった重石がなくなったような気分になった。心を支配していた不安が取り除かれたことで、真にケアが成立した状態になったのか、体の力が抜けていく。軽いSubスペースに入ったようだ。
「…ありがとな、リチャード……」
「礼には及ばないぞ」
体も思考も脱力し、体をリチャードに預ける。抱き締めながら唯斗の頭を撫でてくれるため、次第に瞼が下がる。睡魔に抗わなくていいというように頭を撫でられたため、そのまま唯斗は意識を手放した。
目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。
眠りから覚めたばかりということもあって思考がおぼつかないが、明らかに石造りの無骨な天井に、しばらくじっと眺めてしまう。
体を起こして辺りを見渡すと、元の自室より広い部屋だった。大きなベッド、椅子と机、それとは別のシッティングスペース、そうした調度品が置かれている床も壁も天井も石造りで、部屋の広さのわりに小さい窓の外には青空が広がっている。
カルデアではない。それを理解するには、あまりに唐突だった。
「…どこだ、ここ」
明らかに中世水準の建築であり、特異点かと疑う。藤丸は睡眠中にレイシフトするというとんでもない事態によく巻き込まれていたが、唯斗のレイシフト適正はそこまでではなかったはずだ。
ベッドから降りると、服装も緩やかな白い貫頭衣になっている。靴は履いておらず、とりあえず裸足のまま窓まで向かう。
窓の外を見ると、急な丘陵が続く起伏にとんだ土地が広がっている。緑あふれる美しい景色だが、唯斗はすぐに、これが実在しないと気づいた。
「外があると見せてるだけか。空間自体はこの建物だけってとこだな」
「さすが唯斗!すぐにそれくらいは看破してしまうか」
快活な声が響き、すぐに振り返る。部屋の入口に、同じように貫頭衣を帯で締めたうえで赤いマントを羽織ったリチャードの姿があった。
だんだんと嫌な予感がしてきた唯斗は、眠る前のことを思い出す。魔術的な兆候こそなかったが、ある可能性に思い至った。
「…、お前まさか、あの特異点で回収した聖杯を使って、この空間を作ったのか」
「そうだ、理解力もさすがだな!ポワティエの城をイメージしたんだが、どうだろうか!」
「12世紀っぽいとは思ったけど、そうか、ポワティエか…」
リチャードが幼少期を過ごした土地が、フランスのポワティエだ。世界史にもたびたび登場する歴史ある都市である。
この空間は、恐らく今いる建物だけだろう。窓から見た感じ、この部屋を含め3部屋ほどの小さな石造りの塔のようなものだ。
帰還した際、リチャードは唯斗の診察とケアを優先すると言って、聖杯を管制室に預けないままだった。そのまま、唯斗が寝ている隙にこの空間を作ったということだろうか。
「…ここを作ったのは、リチャードの独断か?」
「あぁ。今頃、カルデアは大慌てだと思うぞ。でも大丈夫だ、あいつらはここには来られない」
にっこりと笑ったリチャードは、意図的にここを作り上げ、それはカルデアの指示ではないと正直に明かした。
そしてカルデアが来られない、という言葉から、唯斗はこの空間の性質を理解した。