運命の風−2


その第二性差性関係、番の中でもさらに特殊なものがある。
Ωが分泌する性誘引物質・誘惑フェロモンに対するαの反応、およびαが支配フェロモンを分泌してΩが起こす反応、それぞれを原始性反応という。この原始性反応がとりわけ強く反応してしまうことがある。
著しく強く互いに反応するフェロモンの整合値を持つαとΩの原始性反応を特異原始性反応といい、これを起こす組み合わせのことを俗に「運命の番」と呼称する。

ただでさえ人口の少ないαとΩ、その中でも運命の番ともなるとその出会う確率は天文学的なものになる。もはやおとぎ話やフィクションのようなものであり、恋愛ドラマや少女漫画で見られる設定としか実感していないようなものだ。

戦後、日本国内で医療機関が運命の番と診断した例は1件しかない。
それほどまでに稀な関係が、長可と唯斗の関係だったのだ。

運命の番は直感で分かる、という言説は都市伝説だと思っていた唯斗だったが、どういうものか、長可と出会ったあの桜の木の下で理解した。

それ以来、長可は正式に番となるべく、虎視眈々と唯斗のうなじを狙っている。無理やり噛むことをしないのは、すでに長可にとっては唯斗はもう番であり、大事にするべき存在だからのようだ。
最初は先輩相手であるため敬語だったが、長可が「距離を感じる」と言ってため口に直させた。もはや長可は、唯斗と自身との間でいかなる距離も許さない。

なんとか唯斗は長可と離れて教室に戻ったが、クラスメイトたちは途端に駆け寄ってきてくれた。


「大丈夫だったか、雨宮」

「災難だったな」

「怪我無いか?」


本当に心配してくれる彼らに、優しいな、と唯斗は驚く。家族に恵まれなかった唯斗は、そんな彼らの優しさに戸惑ってしまう。Ωであること、母はおらず父も唯斗とほぼ関わりがなく日本にいないこと、それらがあって今まで一人でいることの方が圧倒的に多かったのだ。


「…大丈夫。俺には手ぇ上げないっぽいしな」

「油断はするなよ」


ホッとした様子のクラスメイトたちは自分の席に戻っていく。昼休みに呼び出されて迫られながら昼食をとっており、別れ際に壁に追いやられていた形だ。

クラスメイトたちがこうやって恐れるのも無理はない。
森長可は学校だけでなく地域でも有名な不良で、地元の中学校でも話を聞いたほどだった。中学校から離れるために隣町の公立高校に進学した唯斗は、長可に近づいてはいけない、目が合うだけで殴られるなどの噂を聞いており、恐れていたわけではないが面倒ごとは御免だった。

まさか面倒ごとどころか番になることを迫られるとは。

もちろん、突然唯斗に迫るようになったことで、唯斗がΩであること、そして二人が世にも珍しい運命の番であることは広まっており、平穏な高校生活というのは諦めている。それでも変わらず接してくれるクラスメイトたちが、本当に優しいと思える。

そこに、扉が開いて次の科目の教師が入ってくる。中年の男性教員は、唯斗を見てすぐに怪我がないか目線を滑らせた。


「怪我はないな」

「大丈夫です」

「まったく、君のような優秀な生徒がまさかあんな不良と…何かあったら必ず言うんだぞ」

「はぁ…」


教師はそのまま教壇に向かう。唯斗も自分の席に戻ったがなんだか心配されているだけなのに、あまりいい気分ではなかった。
まさか、長可がこうして化け物扱いされていることに不快な気持ちになっているとでもいうのだろうか。

出会ってから昼を一緒に過ごすようになったが、長可が唯斗のことを聞いてばかりで、唯斗は長可のことをよく知らない。そんな双方向的な会話はしてこなかった。
もしかしたら、これはただ運命の番というものに絆されているだけなのかもしれない。しかし、少しは自分から歩み寄ったっていいのではないだろうか。
少なくとも、クラスメイトや教師と同じ印象を持ったままでは長可がさすがに可哀そうな気がした。



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