長編番外編−パンはあれども
「サーヴァントの距離」後
お茶会をするフランストリオと主
第三特異点へのレイシフトを控えたある日、食堂に飲み物を取りに来たところ、昼下がりという時間もあってか、何やらお茶会のようなものを開いている3人がいた。
マリー、アマデウス、そしてサンソンだ。テーブルの一角にアフタヌーンティーセットを広げている。大方、エミヤが三段になった茶菓子の皿などをトレースしてやったのだろう。
サンソンはあの夢での出来事以来、こうして他のサーヴァントと距離を近づけることに躊躇いがあまりなくなり、唯斗にも触れてくるようになった。
マリーと一緒にお茶会ができる喜びと、アマデウスが同席している不快さが混在しているような複雑な顔をしており、それを見てアマデウスは愉快そうにしていた。マリーはまったく気づいていない。
そしてこちらに真っ先に気付いたサンソンは、唯斗を見て微笑んで手を上げた。
「マスター」
「あら、唯斗!」
その向かいでパッと顔を綻ばせたマリーもこちらに視線を向ける。アマデウスも手をひらひらとさせていた。
「あなたも良かったらご一緒しない?エミヤがとっても美味しいマカロンを焼いてくれたの」
「マカロン……」
テーブルに近寄ると、確かに色とりどりのマカロンが皿に並べられている。マドレーヌやカヌレなどの茶色い焼き菓子に混じって、とても華やかだった。
もちろん、フランスで暮らしていた身として存在は知っている。しかし、食べたことはなかった。
「食ったことない、マカロン。甘いんだよな」
「えっ、あなたフランスに住んでいたのよね?」
「っつっても、この現代風のマカロンはあんたらの時代にはなかっただろ」
「あなたの時代に盛んなものだからよ、知識は座から得ています。これを知らずにフランス人とは言えないと!」
「ほんとかそれ…」
よく知られるマカロンは「マカロン・パリジャン」というパリ生まれのもので、20世紀初めに生み出されたものである。もともとマカロンは、上下に挟んでいる生地のことを言うもので、その生地によるお菓子やパンのことを総じてマカロンという。この生地だけで言えば、マカロンの歴史は13世紀ごろまで遡ることができ、マカロン・パリジャンも16世紀に原型を見る。
とはいえ、マリーとサンソンの時代にはまだこんなカラフルで甘いものではなかったはずだ。
「なんにせよ、せっかくエミヤが作ってくれたのだし、唯斗も食べてみませんこと?」
「紅茶は入れておきましたよ」
サンソンにも促され、唯斗は断る理由もなく席に座る。本格的な紅茶や菓子の数々に感心した。
「すごいな。ほぼフランス菓子、だよな…?」
「マカロン以外のものも食べていないのかい?僕らの時代からあったものだってあるのに」
「こんなもの、食べさせてもらえなかったから」
唯斗のフランスでの生活を知るサンソンだけでなく、言葉だけで察するアマデウス、恐らく第一特異点の記録で会話履歴を知っているマリーも、唯斗の言葉に一瞬だけ口を閉ざす。
マリーとジャンヌには、特異点のフランスで過去のことを話している。その記録があるため、マリーはある程度、唯斗がどういう暮らしだったか知っている。そのうえで、それでもマリーやジャンヌが託した国だから守ろうと思ったのだということも。
「…どれを食べてみますか?フレーバーはいろいろ用意がありますよ」
サンソンはそんな唯斗に色とりどりのマカロンを指し示す。なんとなく色に対して味はイメージできるのだが、日本人だからだろうか、緑は抹茶かピスタチオか判断がつかない。
「…とりあえず無難なやつ?茶色いのは多分チョコだよな」
「ええ、そうですよ。これにしますか?」
「ん、そうする」
サンソンは茶色いマカロンを摘まむと、それを真っすぐ唯斗の口元まで持ってきた。すぐ唇の目の前までやってきたため、口を開いてマカロンをぱくりと一口で頬張った。サンソンの指が離れてから咀嚼すると、口の中にチョコレートの味とともに、サクサクとした触感と滑らかなクリームとのコントラストが広がる。
「…めっちゃ美味い」
「さすがエミヤですね」
「……いやいや、なにナチュラルにあーんなんてしてるんだい君たち」
そこへ、引いたようなアマデウスの声が聞こえてきた。こちらを見ながら紅茶を啜るアマデウスの隣で、マリーは「ローズもとっても素敵なの!」と気にせず奨めてくる。
「じゃあ次ローズがいい」
「はい、どうぞ」
「…、ん、すげ、バラの味する」
再びサンソンに口元まで運んでもらった赤いマカロンを食べると、今度は程よいバラの品の良い香りと、それを邪魔せず控えめな甘さが広がった。とても良いバランスだと、こういうものにまったく慣れていない唯斗でも思った。
「え、僕がおかしいのかい?これ」
「…まぁ、他のヤツにされたらキレるな。アーサーとかエミヤにされたらバカにしてんのかってなる。でもサンソンならいっかなって」
「よかったわねサンソン、一歩リードだわ」
「なるほどなるほど。まぁ僕がおかしいのはいつものことか」
ニコニコとするマリーとサンソンを見て、アマデウスはため息をついて肩を竦めた。たまに彼らの話していることについていけないが、英霊とはそういうものなのだろうと理解するのを諦めている。
そしてまた新たにサンソンに差し出されたマカロンを食べながら、もちろんこんなことをするよう自分から求めるつもりなどないが、本人が満足そうなのでまあいいか、と引き続き享受することに決めた。