長編番外編−ガレット・デ・ロワ
「孤独と孤独」後
主+フランス組、子供組、立香、マシュ
ランスロットとフランスの話に興じたことや、過去の夢を見たこと、そしてエミヤに「君のリクエストなら特別にいつでも応じよう」と言ってもらえたことなどが重なったからだろうか。
唯斗は、フランスで幼いころに憧れていた食べ物があったことを思い出してしまった。
今となっては、とてつもなく食べたい、というようなものではないのだが、とはいえ思い出してしまったら気になってしまう。エミヤの好意に応じるためにも、ここは一度リクエストしておこうか、という風に考えられるようになったこと自体、カルデアで唯斗が成長できた証の一つともいえた。
「なぁエミヤ、無理にとか、すぐにって話じゃないんだけどさ」
食堂にて、夕食のトレーを受け取りながらエミヤに声をかける。エミヤはすぐにカウンター越しにこちらの声を聞く姿勢になった。
「なんだね?」
「その…ガレット・デ・ロワって知ってるか?」
「ガレットは知っているが…フランスの焼き菓子だろう。その特殊な形か何かか?」
「さすがエミヤだな、うん、その通り。この時期、1月に食べられる季節の焼き菓子で、日本で言うところのおせち、とは少し違うけど、まぁ1年の始まりってのを意識させるポジションのものなんだ」
1月6日、キリスト教で
公現祭という宗教行事が行われる日にもともと食べられていた特別な焼き菓子をガレット・デ・ロワという。ロワとは「王」を意味するが、ここでの「王」は東方の三博士のことだ。
12月25日にイエスが生誕したあと、初めて外部の人間と出会ったのが東方の三博士という人物、バルタザール・メルキオール・ガスパールの三人である。人数については諸説あるものの、彼らはイエスに三つの贈り物として、黄金、乳香、没薬を贈り、クリスマスに子供へプレゼントを贈る風習の由来となっている。この逸話が1月6日とされていて、スペインやイタリアなど一部の敬虔な地域ではクリスマスプレゼントはこの日にあげることもある。
現代では1月の家族が集まる週末であればいつでも良いとされていて、1年の始まりの家族の団欒を象徴する光景だ。
「なるほど。マスターはそれが食べたいということかね」
「…できれば。すぐにとかじゃないんだけど」
「承知した。作り方を知っているのはフランス系のサーヴァントか?」
エミヤはすぐに頷いてくれた。優しく微笑みつつ、作り方を知っている人物を聞かれる。このガレット・デ・ロワの風習は近代に定着していることから、恐らくサンソンは知っているはずだ。
「サンソン、今いいか」
「はい、なんでしょう」
呼ぶとすぐにサンソンがそばに現れる。そしてガレット・デ・ロワの話をすると、すぐに合点した。
「なるほど、作り方であればわかります。エミヤに細かいところを調節してもらえばよいものができるでしょう。あとは、フェーヴと王冠も必要ですね」
「や、そこまでしなくても…」
「フェーヴと王冠?」
サンソンはやはりというか、ガレット・デ・ロワの作り方だけでなく、食べ方も知っている。革命期にあって裕福な家であったため、現代とほぼ同じ知識だろう。
サンソンは首をかしげるエミヤに説明する。
「ガレット・デ・ロワは、ホールのパイ菓子だ。その中にフェーヴという小さな陶器の人形を入れておいて、その家の一番小さな子供をテーブルの下に隠れさせ、切り分けたピースを誰に分けるか指示させるんだ。全員に行き渡ったらみんなでガレットを食べて、フェーヴの入ったピースを見事に引き当てた人物がその日一日「王様」か「女王様」になって王冠を被る。王様ないし女王様はパートナーの女王様と王様を指名する。二人はその日一日、みんなに祝福されるという風習だ。マスターの時代も同じですか?」
「まったく同じだな。地域によって生地は違うらしい。俺自身は食べたことないからわからないんだけど」
当然だが、そんなものを食べさせてもらえることなどなかった。いつも、新年には屋敷に集まった親戚たちが楽しそうに食べているのを、自室でその音を聞くだけだった。
フランスでは、1月になるとガレット・デ・ロワが店頭に並び、店で買うと紙の王冠をつけてもらえる。フェーヴもついていることが多い。最近では、誤飲を防ぐためにフェーヴを分離して渡すこともあるようだが。
「…なるほどな、とても興味深い。同じような風習はいろいろなところにあるものだが、なんともフランスらしいな。せっかくならちょっとしたイベントとしてなぞるべきだろう」
「さすがに俺は恥ずかしさが勝るぞ…そうだ、立香とマシュと子供サーヴァントにも集まってもらえばいいか」
食べてみたいと望んだのは唯斗だが、さすがにこの年齢で子供役をやらされるのは気恥ずかしい。そこで子供サーヴァントを呼ぶことを提案すると、エミヤもサンソンも同意した。
「それは良い考えですね。マリーやデオンも、懐かしさで楽しんでくれることでしょう」
「そうと決まれば週末のマスターたちのオフに合わせて作るとしよう」
そのあとはとんとん拍子で話が進み、サンソンが立香にも声をかけてオフの昼に集まることになった。フランス系のサーヴァントたちのほか、子供サーヴァントとしていつも集まっているナーサリー・ライムとジャック・ザ・リッパーも立香が呼んでいる。
それでもまだ少し気恥ずかしいものはあるのだが、こうしてすぐに応じてくれる彼らの優しさに触れる温かさは、悪くないものだった。