大都会のシルヴァンドル−2


レディたちをすげなく遠ざけるようなことはしないのは紳士だからなのか分からないが、息子の突き刺すような目を正面から浴びて心苦しくはないのだろうか、と純粋に疑問に思う。
そのまま数分すると、ついに息子が口を開く。聞こえてきた耳に心地よい声は、冷ややかなフランス語だった。


「いつまで会話を続けているんです。答えるつもりもないのに失礼でしょう。それとなく躱すことが礼儀では」


突然喋った息子に女性たちは驚くが、さすがにフランス語は分からなかったらしい。父親の方は気まずそうにしつつも、フランス語で返す。


「こんな店先で声をかけてきたんだ、大した会話もせずに追い返してしまえばそれこそ無礼だろう」

「目立つ場所で衆目を集める状況に長く留めおくことは日本で適切とは思えませんが」


本当に親子だろうか、と思うほどの冷淡な会話である。もしかしたら唯斗の思い違いかもしれない。
いずれにせよ、戸惑ったような女性客と言葉に険悪さの混ざる親子に、そろそろ出番だとレジのスタッフと顔を見合わせる。
スタッフはすぐに一番小さいサイズのコーヒーを用意すると、トレーに2杯、カップを置いて差し出す。それをカウンター越しに受け取って、唯斗は女性客に背後から日本語で声をかけた。


「恐れ入りますお客様、通路でございますので、お席にお戻りいただけますか」


トレーを持った状態でそう言えば従わざるを得ない。女性客たちは「すみません、」と会釈しながら自分たちの席に戻っていった。
入れ替わるように唯斗は親子の席にカップを置きながらフランス語に切り替える。


「こちらサービスです」

「あぁ…いや、そんな、迷惑をかけてすまない、きちんと払おう」

「他のお客様へのご迷惑とならないよう、お願い申し上げるためのものでございますので」

「……、すまなかったね」


牽制をはっきりとすれば、気まずそうに謝罪される。それは息子の方からも同じだった。


「申し訳ありません、父がご迷惑をおかけしました。それにしても、とても美しいフランス語をお話しになるのですね」

「ありがとうございます。フランスに住んでいたこともありましたので。お気遣いいただいてしまい恐れ入ります。もうすぐお料理をお持ちしますので」


やはり親子であったようで、先ほど冷淡な様子だった息子の方は、打って変わって微笑んでそう言ってくれた。
嫌な仕事をさせてすまない、という意図を感じて、とても優しい人物なのだと理解する。

席を離れて少しもしないうちに、スタッフがあの二人の分の料理が用意できたとカウンターの受取口にトレーを置く。パンとスープ、キッシュのセットと、パンとスープとラタトゥイユのセットである。

両方の手にトレーを持って店内を進むと、ちょうど先ほどの女性客たちが席を後にして店を出て行ったところだった。「ありがとうございました」と一応挨拶はしておいたが、二度と来ないだろう。それでいい。いきなり白昼店内で逆ナンなどたまったものではない。


「お待たせいたしました、キッシュのお客様」

「僕です」

「はい…ではラタトゥイユのお客様、どうぞ」

「ああ、ありがとう」


親子それぞれにトレーを渡したところで、突然、父親の方が話しかけてきた。


「もしよければ、先ほどの謝罪と礼をかねてお付き合いいただけないだろうか?ランチでもデザートでも」

「え…」

「ご迷惑であればお断りいただいて結構ですよ。でもよければ僕も、年齢の近そうなあなたと話してみたい。日本は来たばかりで、交友関係がないので」



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