大都会のシルヴァンドル−7
「僕は、自分勝手なあの人が嫌いだ。自分の罪や弱さから逃げてきたのに、突然現れてこちらの都合もなく日本に連れてきた。…日本は好きです、いい国だと思います。ここに来たこと自体は問題ありません。でも、あの人の指示通りに生きたくない」
「…つまり、ランスロットさんはインターに通わせようとしてるけど、それが嫌だってことだな」
「僕は、今までの生活で必要最低限の部分を、全額あの人に突きつけて家を出て行くつもりです。だから、高額な日本のインターには行きたくないんです」
そういうことか、と唯斗はギャラハッドの意思を理解する。
少し状況が唯斗に似ている。唯斗はいずれ来る父からの絶縁に備えるべく、極力金がかからないように生きている。ギャラハッドも、自身の学費などをすべて返済してから縁を切るために、学費が嵩むのを防ぎたいということだ。
「僕は確かにフランス語と英語しかできないので、日本語はできません。日本の公立高校に通うことはハードルが高い。でも、あなたがいるところなら何とかなる。あの人も納得するかもしれない。だから、説得を手伝って欲しいんです」
「なるほどな」
どう答えたものか、と迷っていると、ギャラハッドは少し焦ったようにして言葉を続ける。
「父もあなたのことを好意的に見ているようですし、あの人は一応あれでアロンダイト証券の上層の人間ですから、使おうと思えば使える人材です、僕を通してコネクションを維持することは唯斗さんにとっても良いことでしょう。パリやロンドンで仕事の紹介ができるかもしれませんし。僕との関係はそれなりにメリットがあると思うんですが」
必死に自身のメリットを売り込むギャラハッドの、前髪から覗いた右目には焦りが見えるが、一方で唯斗の方は冷静だった。言葉を選ぼうかと思ったが、ここはストレートに伝える方がいいかもしれない、と口を開く。
「つまりお前はあれか、日本語もフランス語もできてちょうど公立高校に通っている俺を、都合のいい相手だと思って近づいてきたわけだよな。それって、父親とやってること同じだろ」
「ッ!!」
息を飲んでギャラハッドは沈黙する。目を見開いて愕然としたあと、「そんな、僕は、」と口ごもりつつ、二の句が継げずにいる。
しかし、唯斗とて性質は違えど似たような状況のギャラハッドを応援したい気持ちはあった。
「…まぁでも、俺は別にいいけどな。いろいろ言ってたメリットも事実なんだろうけど。ギャラハッドは今言ってたようなことがなくても、まじめで高潔で、すげぇ素敵な人間だろ。だから、一緒に高校生活過ごすのも悪くない、と俺は思ってる」
「唯斗さん…」
ギャラハッドはしばしこちらを見つめてから、ぐっとカップを握り締めた。
「……僕はあなたに誠実に向き合っていなかったのに、あなたは、僕を見てくれるんですね」
「他にどこ見んだよ」
「…パリの学校では、父や祖母のことを知って、取り入るように近づいてくる者ばかりでした」
もしかしたら、それはギャラハッド自身のフィルターもあったのではとも思ったが、それは言っても仕方のないことだ。いずれにせよ、そう感じて孤独に思っていたのは事実なのだ。
「俺はもとから一人で生きていくつもりだし、そもそも、もう一人だからな。正直、お前らの家の都合も親の肩書も、どんな理由で俺に近づいたのかだって、全部どうでもいいのは確かだよ。興味がないんだ、ただ。でも…」
「…?」
「…そうだな、ギャラハッドの隣を歩くのも、こうやって喋るのも、悪くないなとは思う。そういう意味では、会えて良かったって感じる」
ギャラハッドの家の事情などすべて他人事だ。どんな目的で唯斗に近づいてきたかなども正直どうでもよかった。
そんなことよりも、まっすぐ世界を見て、誰かのためにきちんと憤って、すぐにまだ見ぬ誰かのことに思いを馳せられる優しさや誠実さは、とても好ましく思えた。隣を歩くのは、居心地が良かったのだ。
唯斗の言葉を聞いて、ギャラハッドはもう一度目を大きくしたあと、ふっと小さく笑う。その拍子に、瞳から水滴が一滴だけ零れ落ちた。
「僕も、です。友達になってくれませんか。ただの友達に」
「俺で良ければ」
「あなたがいいです、唯斗さん」
真摯な言葉と場所もあって、唯斗は軽く噴き出す。
「告白かなんかみたいだな」
「な…っ!」
どうやらそっち方面のからかいには耐性がないらしい。顔を赤くして年相応の表情になったギャラハッドは、遅れて微笑んだ。