大都会のシルヴァンドル−8


それから数日後、唯斗はバイト先のカフェに現れたランスロットに誘われ、なぜか家に招待されてしまった。
「ぜひ来てほしい」という言葉には、やはり含みがあって、ギャラハッドのこともあったことから、唯斗はシフトを上がってからランスロットに応じることにした。

バイト先から、首都高の高架をくぐればすぐに見えてくる巨大な高層ビル、虎ノ門ヒルズ。そのレジデンスゾーンにランスロットたちの家はあるらしい。
まさかと思っていたが、高層階の南向きの部屋に通されて、唯斗は絵に書いたような金持ちぶりに唖然とする。
ガラス張りのリビングからは、東京タワーを含む都心の光景が一望でき、落ち着いた調度品は一つ一つがハイブランドのものだと分かった。ちらりと見えた車の鍵は当然のようにベンツである。

靴を脱ぐ習慣がないため、スリッパで室内に通された唯斗だったが、このスリッパですら高級なものに見えてくるほどだ。さすがに近くのホームセンターのものである。


「ギャラハッドはフランス大使館にいろいろと申請に行っているんだ」

「…なるほど。こういう言い方は失礼だと承知ですけど、話があるなら単刀直入にどうぞ」

「少しあからさま過ぎたね」


ランスロットは苦笑すると、眺望の広がるリビングのソファーを示す。
革張りの、恐らくアルマーニのものであろうソファーに腰掛けた唯斗と、ローテーブルを挟んで向かいにランスロットが座る。テーブルには、唯斗がコートを脱いでいる間に用意されていたらしい紅茶が置かれていた。


「先日は息子を連れ出してくれてありがとう。まさかこんな形で、日本で友人ができるとは思っていなかったよ」

「……それで?」


だからとっとと要件を済ませろ、という意味を込めて美しい瞳を見つめると、ランスロットは降参だ、というように両手を上げるジェスチャーをしてから、ようやく本題に入った。


「本題なんだが。まず一つは、これからも息子と仲良くして欲しいということ。そしてもう一つは、折り入って頼みがあるということなんだ」

「一つ目は問題ありません、もちろん、とだけ返しておきます。二つ目は?」


ランスロットは一つ頷くと、窓の外に視線を移す。


「…ギャラハッドは、私にあれやこれやと言われるのを極度に嫌がっていてね。反抗期、というものなのかもしれないが…それで、日本では公立の高校に通いたいと言っているんだ。私は、このすぐ近くにあるインターに入れたいのだが…ほら、息子は日本語ができないから」


思っていた通りのことを言われて、唯斗はため息をつきたくなるのを堪える。
なるほど確かに、ギャラハッドがランスロットを毛嫌いするのも分かる。ランスロットとしては、これも彼なりの気遣いなのだろうが、こんな会話がギャラハッドにバレたら蛇蝎のごとく嫌われてしまうのではないだろうか。


「…お言葉ですけど。俺はあなた方の事情をギャラハッドから聞いてます。関わる気なんてなかったし、首を突っ込みたくもないけど、さすがにギャラハッドに進学先を自分で決めさせるべきじゃないんですか」

「……そうか。そこまで君に話しているのか…あの子のことだ、君に、私を説得するのを手伝うように言われているんじゃないか?」


その言い方にむかついた唯斗は、これ以上、最低限の礼を保つことも必要ないと判断した。


「…あんた、恥ずかしくないのか。自分の罪から逃げて、都合よく俺を利用しようなんて」

「なんだと?」

「恥を知れと言ったんです、もう聴覚衰えてんですか?」

「っ、口を慎みなさい!知ったような口を…!」


さすがのランスロットも眉間にしわを寄せて声を荒げる。図星を突かれたからだろう。生意気だ、という感情は、フランスであればあまり想定されていない。日本より遥かに平等の意識が進んでいるためだ。年功序列などもってのほかである。

単に、ランスロットは耳に痛いことを言われた感情が逆立っただけだ。

激昂したランスロットは、立ち上がって唯斗のすぐ隣まで来ると、思い切り胸倉を掴み上げてきた。ソファーに座っていた状態から、胸倉を掴まれた状態で持ち上げられたことで、シャツのボタンが取れて床に転がる。


「知ったような口を聞くな!ガキに何が分かるというんだ!」

「知ったような口も聞くってもんだ、あんたのような人間を知ってるからな」

「なに?」

「俺の父親は、俺を生んで母が亡くなって以来、俺と一言も会話がないままドルに引きこもってる。俺がどれほど、ドルの屋敷で伯母から人種差別的な扱いを受けても、たとえ殴られても怒鳴られても、あの人が俺に関心を示したことはなかった」

「ッ、」


淡々と唯斗が語った内容に、ランスロットは息を飲んで動きを止める。当然だが、この前のバイト先での会話は当たり障りないことしか喋っていない。本当はフランスでどんな暮らしをしていたかなど、あんな場で話すわけがなかった。



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