長編番外編−学生気分


「生まれてきたことに」後
ケイローンの授業を受ける主と立香


第五特異点から帰ってきて、唯斗の誕生日を巡るごたごたがあったあと、6月末に差し掛かった頃のことだった。

アメリカで立香の成長をより実感した唯斗だったが、その一端を担っているのであろう、ケイローンによる一対一の立香に対する個別授業を食堂でちらりと見かけて、それを羨ましく思っていた。

あのケイローンといえば、アキレウスをはじめ多くのギリシア英雄たちを育てた知の巨匠だ。その生きた授業を受けられるなど、こんなに贅沢なことはない。

最初は我慢していた唯斗だったが、一度でいいから、という気持ちは強くなり、ついにアキレウスを頼ることにした。


「…というわけなんだけど」


自室の前の廊下で事情を説明すると、アキレウスは首をかしげる。


「普通に話しかけりゃいいのに」

「その普通が分からないから困ってんだろ」


人懐っこいアキレウスには唯斗の悩みなど理解できないようで、それは不思議そうにしていた。
ついむすっとして返すと、アキレウスは「はは、悪い」と笑いながら唯斗の髪の毛を混ぜ返すように撫でる。


「マスターは可愛いなァ〜」

「バカにしてんのか」

「愛でてんだろ、むしろ本気出してやってないだけ感謝しろ?」


アキレウスが本気を出す、というのは、要はサンソンやディルムッドのように隠さなくなる、いや、それ以上に接してくるということだ。
アメリカ以来、距離が近くなったアキレウスだったが、最近はアキレウスとのパスを強化する訓練を続けていることもありそれはさらに近づき、先日の誕生日で痴態を晒してからはよりその傾向は強まった。

この話を掘り下げるのはまずいと、唯斗は流れを元に戻す。


「とりあえず、一度でいいから俺にも授業してくれってケイローンに頼みたいんだ。もちろん、別にアキレウスを挟まなくても許可くれるのは分かってる。単純に、俺が話しかけられないだけで」

「ま、分かったぜ。じゃあ善は急げだ。行くぞマスター」

「…え、今?」


アキレウスはすぐにそう言うと、唯斗をおもむろに抱え上げた。拒否することはおろか声も出せないうちに、アキレウスは走り出した。

かなり控えめな速さだが、それでも飛ぶようにカルデアの白い壁が通り過ぎていくのは気が遠のきそうになる。


「お、前な…!」

「舌噛むぞ〜」


思わずアキレウスにしっかりと抱き着いて目を閉じる。アキレウスは唯斗を片手で抱え上げており、ものの1分ほどで食堂に到着した。


「ケイローン先生」

「おやアキレウスですか」


食堂に入ったのは分かったが、あまりの速さで三半規管がバグを起こしており、アキレウスにしがみついたまま力が入らない。


「お届け物だぜ。先生の授業受けたいって俺のマスターが」

「また無茶な運び方をしたんでしょう、大丈夫ですか?唯斗さん」


アキレウスに床に下ろしてもらうも、足に力が入らずよろめく。すかさず、ケイローンが立ち上がって抱き留めてくれた。


「じゃ、あとは頼んだぜ先生」


そして、そそくさとアキレウスはその場を離れて食堂を出て行った。
ようやく周りを見られるようになり、体を支えてくれるケイローンを見上げる。


「…悪い、酔うかと思った……」

「…まったく。後で言い聞かせておきましょう。彼の事です、普通に来れば私に別課題を出されることになるのを恐れて、あえてあなたがふらついている状態で託したのです」

「アキレウスが…?」

「まぁ、相手が私だからこそ、大切なマスターをそんな状態で任せたともいえますが」


どうやら巻き添えを恐れたアキレウスが、あえて唯斗に配慮しない速さで駆け抜けることで唯斗をふらつかせ、ケイローンの手を塞ぐことで逃れたようだ。
実際、唯斗はすぐに回復し、本当に一時的なもので済んだため、アキレウスも唯斗を弱らせるつもりはなかったらしい。ケイローンへの信頼の現れというのも頷ける。



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