長編番外編−隣の大英雄2
曇天の空からは雨が降り出し、かろうじて天井が残っている廃墟には、瓦礫に複雑に雨音が当たる音が反響する。
豪雨というほどでもないがしっかりとした雨で、瓦礫の隙間から外を覗くと、霞立っているのが分かる。
「体勢つらくねぇか」
「大丈夫」
壁に凭れて胡坐をかいて座るアキレウスの足の隙間に、唯斗も横向きに座って体をアキレウスに預けて凭れている形になっている。怪我をした右腕を庇い、左側でアキレウスの逞しい体に触れていた。
アキレウスも防具を外しており、黒いインナー越しに体温を感じる。これで生きていない体とはとても思えない。
右腕に左手で治癒術式をかけながら、出血でくらくらするのを堪えてアキレウスに凭れる時間が続く。アキレウスは何ができるでもなく、周囲に意識を巡らせて敵を気配を探っていた。
「…敵の気配あった?」
「いや、この近くにはいねぇ。まさかあんな敵の集団が着地点にいたとはな」
「…多分、座標が少しずれてるな。街が襲撃されたときに、結界を張ってたんだと思う。その術式の名残が作用して、レイシフト座標が微妙にずれたってとこじゃないか」
「そこまで分かるのか」
「大がかりな術式だからな」
地面に感じる術式の魔力を辿ると、恐らくそれが原因だと考えられた。それにしても、そこまで大きく座標がずれたわけではないため、レイシフト座標の観測も少し甘かっただろう。
「…まだ痛むか?」
「ちょっとな」
「……悪い、守り切れなかった」
すると、アキレウスはそう謝罪した。それを否定するのも彼の矜持に関わるため、唯斗はそんなことはない、と言いたいのをぐっと堪える。
「…まぁ、こういうこともある。もっと万全を期してやるべきだっていう、いい薬になった。俺も、カルデアにとってもな。むしろ、アキレウスがいない状況だったら離脱も難しかったかもしれない。お前がいてくれるだけで、いざとなったらすぐに離脱できるっていう安心感がある」
「……怪我させたマスターに気ィ遣われるなんざ、サーヴァント失格だな」
自嘲気味に笑うアキレウスに、珍しいこともあるものだ、と唯斗は驚く。確かな実力に裏打ちされたアキレウスの自信は、高慢でも自慢でもなく、端的に事実だ。それを彼自身も理解している。
そんなアキレウスが自虐するとは、そこまでの怪我でもないにも関わらず、いったいどうしたのだろう。
「どうした?そんな卑下するなんて、らしくない」
「あんたのこと、守りたかった。人理のために、自分たち人間こそ戦うべきだって言ったお前さんに、珍しく俺も高揚した。戦場でも強敵でもなく、他ならぬ人間に、それも戦士でも一人前の魔術師でもないただの子どもに。だから、ちょいとショックもでかかった」
この地が第五特異点だったとき、唯斗はアキレウスとアーラシュを結界で守りながら、アルジュナ相手に啖呵を切った。その言葉をアキレウスはずっと覚えてくれていて、だからこそアキレウスは唯斗を守りたいという気持ちが強かったのだという。
そのため、こうして守り切れずに負傷したことを気にしているのだ。
大英雄アキレウスにそこまで言ってもらえたことが嬉しくて、唯斗は頭をアキレウスの鎖骨あたりに預ける。
「次は怪我しないように、いろいろ教えてくれ。さっき、鎖があんな動き方すると思わなくて油断したんだ。守るって、一瞬のことだけじゃないから」
「マスター…」
「それに、さっきも言ったけど。アキレウスがいてくれるってだけで、安心感が違うんだ。俺はいつも、心ごと守ってもらってる」
守る、というものにも様々な形がある。将来的に怪我をしないようにいろいろなことを教わるのもまた、守ってもらうのと同義だし、アキレウスがいてくれる安心感は唯斗の心を落ち着かせて、見るべきものがきちんと見えるよう冷静でいられる。
それを伝えると、アキレウスは微笑んで、唯斗の頭を撫でた。
「俺も、誰かに背中を預けられる安心感つか、信頼感を、こんなに感じられたのは初めてだ。これからも一緒に戦わせてくれよ、マスター」
「頼りにしてる。よし、じゃあそろそろ応急処置も済んだし、とっとと駆逐してとっとと帰ってサンソンに見てもらおう。あ、サンソンに怒られるのはアキレウスの役だからな」
「うげ…まぁ、甘んじて受けるぜ…」
そんなアキレウスの言葉に笑いつつ、唯斗は立ち上がる。雨音の向こうに、仲間がやられたことに気付いた敵影が近づいていた。隣に立ったアキレウスはすでに防具類を戻しており、戦闘モードだ。
怪我はまだ少し痛むが、気にならない。この英雄とともに立てる高揚感だけがあった。