長編番外編−二人きりの衆目2
やがて、ギルスの街に到着した。
ウルクよりだいぶ小さな町で、ウルク以外の都市を訪れるのはこれが初めてとなる。とはいえ、王命の書かれた石板をこの街の巫女長の女性に渡すだけで市内に用事はない。
そのまま再び城壁を出ると、男たちが作業している土木現場まで向かった。
支流からがギルスの北方で西に向かって婉曲する場所で、その左岸で自然堤防を利用して遊水地造成を行っていた。見たところ、半分ほどは人の手でできたようだ。
「あなたがウルクからの補佐官殿ですね」
「こんにちは。その通りです。あとは引き継ぎます」
「まさかお二人で…?」
指揮していたらしい逞しい男性は訝しげにするが、全員を下がらせて堤防の上に立つ。
まずは川の堤防を一部だけ意図的に低くして、その部分の補強を行うための石をくみ上げる必要があるが、それはすでに完了しているようだ。
それならば、あとはひたすら穴を掘るだけである。
「アーサー、転移させた土砂を堤防に使うから、その間にもう少し高い位置からこの石板の図面通りに指示してくれ」
「了解。君、この石柱は動かして平気かな?」
「あ、あぁ…」
唯斗はすでに形成されつつある堤防の上に立ち、アーサーは倒れていた古い時代の石柱に手をかける。
「ふ…ッ!」
「おお、なんという怪力だ!」
かなりの重さがあるであろう石柱を、アーサーは素手で持ち上げて、ゆっくりと立ち上げていく。少しずつ支える位置を変えながら徐々に持ち上げると、やがて高さ5メートルほどの石柱が屹立した。
そのうえに飛び乗ったアーサーの指示で、唯斗は次々と地面の土砂を左手の召喚術式刻印によって移動させ、結界を使って堤防の形に整えていく。
30分もすれば、巨大な遊水地が完成し、堤防がぐるりと円を描くように川岸に現れた。どこで越水してもここに水が溜まるように水路を用意しておけば万全だ。
街の人々に感謝されながら、帰りがけ用にナツメヤシやザクロの甘味をもらい、二人はさっさとギルスを後にする。これなら今日中にウルクに到着するはずである。
半日ほどかけてウルクに到着したころには、太陽は傾き始めていた。早朝にウルクを出たが、一日かかってしまった形である。夜までかからなくて良かった。
遊水地造成の報告を終えると、ギルガメッシュは頷いて用件の済んだギルスからの石板を脇に片づける。
「うむ、ご苦労だった。今日はもう下がってよい」
「え、いいんですか」
「小間使い2号にはシドゥリが様子を見て休みを出す故な、1号には我から休みを言い渡そう」
どうやら唯斗を小間使い1号、立香を2号と呼んでいるが、唯斗の方はシドゥリの補佐として呼ばれることが多く、小間使い呼ばわりは概ね立香に対して使われていた。
もうギルガメッシュからどう呼ばれようと気にならないため、唯斗は休みと聞いてついテンションが上がった。
「よっしゃアーサー!ウルクの街見に行こう!」
あからさまに顔を輝かせてしまったのが分かったのか、アーサーは微笑ましそうにしてギルガメッシュは呆れ顔になる。
「そこまであからさまに休日を喜ばれては王の威厳にも関わろう」
「別に休みなのが嬉しいんじゃなくて、ウルクの中を回る時間ができたのが嬉しいだけなんで。王様のそばにいるのも好きですよ」
「フン、小間使いなのだから当然であろうな。もうよい、行け、いつまでも貴様を引き留めれば巫女どもから文句が来よう」
「文句?」
「貴様と我、貴様と騎士王、どちらがいいか派閥があると報告を受けた。なんのことやらこの我をもってしても理解できなんだが、その必要もなさそうなことだった故に流した。貴様と騎士王を推す派閥から陳情が来ては迷惑だ」
言いつつギルガメッシュも何を言っているかよく分かっていなさそうにしていたため、唯斗もそれ以上は特に何も言わず、アーサーとともにジッグラトの外に向かう。
大通りに出れば、夕食時に向けて一層喧騒が大きくなっていた。
「上から見た限りだと、町の中歩き回るだけでも丸一日かかりそうだよな。アーサーはどれくらい見て回った?」
「まだ大使館と兵士養成所の間しか見てないよ。そろそろ強引にでもギルガメッシュ王から休みをもらって君と回ろうと思ってたからね」
「?別に一人でも回れば良かっただろ。時間あったんだし」
「…君とデートがしたくて待っていた、ってことなんだけど?」
「っ、」
思わずすぐ隣のアーサーを見上げると、傾く太陽に照らされた美しい顔が唯斗を見つめていた。
かなりデリカシーのない発言だったが、アーサーもアーサーで楽しんでいる様子で、唯斗は照れ臭くなって話題を変えようと思い立つ。
「あー…その、やっぱこんくらいの距離で見上げる方がしっくりくるな」
「キスのおねだりかな?」
「はぁ?!ちげぇわ!そ、そんな遠回しな誘い文句できんなら今のも理解できたっつの!」
『またイチャついてる…』
今度は助け船も兼ねていただろう、立香の声が通信からしたため、唯斗はそれに縋ろうとしたが、意外にも別の声が割って入った。淡々と落ち着いた声はサンソンのものだ。
『アーサー王、あまりマスターをからかわないように。吹っ切れたのはいいですが、あまりからかうと嫌われますよ。まぁ、その方が好都合ですが』
「ご忠告痛みいるよミスター。お詫びに明日はマスターにスマートなウルクデートを約束しよう」
『チッ…』
「え、サンソン…?」
『おや、なんでもありませんよ。すぐ会えるのを楽しみにしていますね』
カルデアからの通信に割り込んだサンソンもすぐに引っ込み、アーサーは苦笑しながら唯斗の肩を抱く。
「さ、そろそろ行こう。夕食を大使館で食べると伝えに行かないと」
「…分かった」
こんな簡単な接触にすら心臓が音を立ててしまうのは、先ほど変なからかわれ方をしたからだ。太陽が傾いていて良かった、顔の赤らみを日差しのせいにできる。そう思いながら、賑やかな大通りへと足を進めた。