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しばらく釣りを楽しんでいると、だんだんと空模様が怪しくなってきた。先ほどから曇りがちになっていたのは感じていたが、山の天気だけあって変わるのが速い。
「ちょっとこれ降りそうだな…先リリースしとこう」
「はい」
バケツには何匹か魚がいたが、丁重に川へお返しする。道具をまとめていると、ぽつり、と頬に水滴を感じた。
「あ、今、」
「降って来た?」
「はい、」
ちょっと感じましたと言う前に、ぽつぽつと水滴が急速に落ちてくる。それは一気に雨と認識できるものになっていき、辺りも暗くなる。
「これならすぐ止むな…荷物持ってついてきて」
真堂はそう言うと釣り竿などを持って立ち上がる。トバリもビニール袋に小物をまとめると真堂について歩き出した。少し小走りで進んでいくと、どんどん服が濡れていく。
すると、木々を抜けた先に洞窟があるのが見えた。まさかこんな住宅街に遠くもない山にこんなものがあるとは思わずびっくりする。
「なんだこれ」
「こういうときに俺が隠れてるとこ。増水しても大丈夫な高さにあるから安心して」
洞窟と言っても、中に入ると奥には5メートルほどしかなく、外の明るさだけで十分中が見えるほどだった。音が響く洞窟内からは、外の土砂降りが良く見えた。霞立つほどの雨だ。
「ゲリラ豪雨みたいなもんだし、とりあえず雨宿りしてようか。奥行き過ぎない方がいいよ」
奥はより寒くなるため、真ん中あたりの大きな石に腰かけた真堂のように、真ん中らへんに落ち着こうとあたりを見渡す。
「ひっくし…っ、」
だが濡れた服の冷たさと、日光さえなければわりと涼しい6月頭という時期柄もあって、肌寒さを感じてしまった。くしゃみをしてどこか座ろう、と思っていると、真堂が立ち上がる。
「濡れた服着たまんまなのは良くないな、脱ごうか」
「え、脱ぐんですか」
「風邪引くよ」
明日は授業だ、それは避けたい。弟たちのこともあるし、トバリは渋々カーディガンとシャツを脱いで上半身だけ裸になった。真堂もシャツを脱ぐが、こちらは見慣れた肉体美である。
「あのコスチューム寒くないんですか」
「冬場はわりと寒い」
「でしょうね…っくしゅん、」
「ほら、こっちおいで」
なおもくしゃみをしてしまうと、見かねたように真堂に手を引かれた。何かと思ってされるがままになると、なんとそのまま横向きに抱き締められるようにして一緒に石の上に腰かける体勢になった。
石に座る真堂の膝の間に横向きになって座り、その逞しい上体に左半身を預けている形である。ぴたりと肌と肌がくっつき、左側から真堂の熱が直接伝わる。背中には支えるように真堂の右腕が回されている温かさも感じた。
「し、真堂先輩…」
「ん?」
「この姿勢…」
「雪山で遭難してるイメージだよ。とにかく熱を逃がさないようにしないと。君の場合特に細いからね」
「う……否めない」
体格的に、寒さに弱いトバリはこの姿勢で非常に助かっているのが事実だ。寒いものは寒く、ここは背に腹は代えられない。
「…ありがとう、ございます」
「俺もあったかいからさ、気にしなくていいよ」
真堂は明るくそう言ってくれた。外からの雨音が響く洞窟内、伝わる温もりと真堂の甘い匂い。
落ち着かなくなって、手を自身の腹の上でもぞもぞとさせていると、真堂の左手がそれを捉えた。大きな節くれだった手に握り込まれて自由に動かせなくなる。
「何やってんの」
「何もしてないです」
「そっか」
「はい」
そんな無意味な会話がたまに零れるような些細な時間だった。