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そうしていると、真堂が突然「あのさ」と切り出した。少し硬い声で、何か言おうと思って意識しているのが分かる。


「なんですか?」

「…嫌だったら、答えなくていいんだけど。トバリの家、その、なんでトバリが家事やってんの?今一番上のお前が高1で6人兄弟って、下の子結構小さいだろ。それなのに…」


意を決したように聞いてきたのは、トバリの家のことだった。家庭の事情、なんてのは、それこそ初めて2人が会ったときにトバリが言ったことでもあった。
真堂は今もこうして緊張しているように、きちんとラインを分かっている。簡単に踏み込んでいいところと悪いところを分けるラインだ。それを、真堂は超えてきた。

今日はバイクの後ろに乗せてもらったり、特別な場所だという川に連れてきてもらったりと、真堂の深いところに近づけてもらった。自己開示欲、それは他人に心を開かれると自分も開きたくなる欲を言う。
それかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、トバリは、真堂に聞いて欲しい気持ちにもなったのだ。


「…いいですよ、全然そういうこと聞いてもらって」

「無理すんなよ」

「大丈夫です。そうですね…」


どこから何をどれくらい話そうか、と少し悩む。まあ特に聞かれて困ることもないか、と判断するとトバリはあまり細かく考えずにありのままを語ることにした。


「もともと俺の家、そんな貧しくもなくて。余裕がある分は子供に使うってんで、どんどん子供産んで、最終的に6人になりました。そうしたら、父が敵の攻撃で脱線した電車に乗ってて、そこで亡くなったんです」

「…あぁ、あの事件か」


真堂も覚えているのは当然だろう。つい1年前の事件だ。このあたりの街はどこも大騒ぎだった。数十名の死者のうちの1人がトバリの父である。


「収入がなくなったと思ったら、母も色々あって病がちになってしまって、入退院を繰り返すようになりました。今は入院してる時期です」

「それで家事やってるんだ」

「母が家にいるときも、薬の副作用で朝に起きれなかったりするみたいなんで俺がやってますけどね」

「なるほど…じゃあ、この状況になってまだ1年しか経ってないんだ?」

「そうです。一気にお金に余裕なくなって、働こうかって思ってたら、傑物の特待生制度を薦められて、それでこの学校に入りました。ヒーロー科だったら、卒業後すぐにヒーローになって安定した収入が入るし」


金を稼ぐためにヒーローになるなんていうのは少し疚しいかもしれない。人を助けたいわけではないのだから。だが一番下はまだ年長、母に無理させないためにも定職に就かなければならないのだ。


「じゃあ、傑物に来たのも、ヒーローになるのも、日々家事を頑張ってるのも、全部家族のためなんだ」

「まあ、そうなります」

「…でも、まだ1年だろ?その…大丈夫?」


ぼかした聞き方だが、ようは父の死という傷が癒えていないのではないかということだ。


「弟たちはしばらく泣いてばかりで、その度に俺が側で慰めて来ました。今はもうめっきりなくなって、上の弟と妹が年齢が高くて分かることが多い分まだ引きずってますけど、なるべく側にいます。母が一番まだつらそうなので、母とは一緒にいる時間長くしたりはしてるんですけど…」

「…まぁ、ご家族のこともそうだけど。トバリは大丈夫?ってことだよ」


真堂は、話すトバリの顔を正面から覗きこむ。その真摯な瞳に見つめられて、思わず言葉に詰まった。


「俺は…だって、泣いてる暇とかないし…もう大丈夫ですよ」

「…別に大丈夫ならそれはそれでいいよ。でも、今までトバリが涙を見せちゃいけないって思う人たちの側にしかいなかったんなら…」


そう言いながら真堂は、トバリの後頭部を優しく抱えると、自身の胸板に寄りかからせた。顔の左半分で触れる真堂の体からは、温かさが伝わり鼓動が聞こえてくる。それにひどく安心して、全身が弛緩した。


「俺の側は、そういうこと気にする必要ないからね」

「え……」


真堂の優しい声が言っているのは、今までトバリが押さえつけてきたものを我慢する必要はないというものだった。確かに真堂は先輩で、トバリより強くて頼れる存在だ。


「でも…や、先輩だってめんどくさいですよ、そんな、俺のことなんて、」

「俺これでもヒーロー志望なんだよね。トバリのどんな感情でも受け止めてやれるくらいの心づもりではいるよ」

「…、…いいんですか。絶対めんどいですよ、鬱陶しいですよ」

「むしろそう思わせてみろって感じ」


頭上から降ってくる優しい声音に変わりはなくて、だんだんとトバリの心に蓋をしていた頑丈な鎖がほどけていくような気がしていた。それにともなって目蓋に浮かんでくるのは、今まで必死に押しとどめいたものだった。


「あ……せん、ぱい、俺、…」

「…悲しいことは悲しいし、つらいことはつらい、それでいいんだ」

「っ、うっ、先輩、ひっ、く、」


気付いてしまば、一度緩んでしまえばもうとどめることはできなかった。恐る恐る手を真堂の肩と鎖骨あたりに置いてしがみつくと、より強く抱きしめられる。
ああそうか、と納得する。ずっと、トバリが無意識に求めていた温もりと優しさだったのだ。きっと、ずっと誰かにこうして欲しかった。


「ひっ、く、ぅっ、父、さん……!」


嗚咽が漏れるのを、真堂は無言で頭と背中をあやすように撫で続けてくれていた。


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