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その夜。
真堂をはじめ、兄弟たちが全員風呂を済ませたあとにトバリも入浴し、その後自室に戻った。すでに下3人は眠りについており、ユイと夏夜も自室にいる。
真堂はトバリの部屋で寝ることになっているので布団を用意し、トバリはベッドに座ると、真堂はトバリの横に移った。
「元気ないね」
「…まあ、はい」
風呂で夕飯のときに言われたことを考えているうちに気分が暗くなってしまい、部屋に戻って真堂に会うだけだと思ったらそれを繕わずにいてもいいかと思えたので、今こうして真堂に指摘されている。
「月人君が話してたこと?」
「……そうです。本当は、今年、家族旅行する予定だったんですよ。父が生きてた去年、そう聞いてました」
6人も生んで時間に余裕がなかったので、一番下の美紀が年長になる頃に家族でどこかに行こう、それまでは我慢してね、なんて両親に言われたのだ。その話は長男のトバリにしかしていないようだったので他の兄弟は知らない。
父が亡くなり、母が入退院を繰り返すようになると、時間もお金も余裕がなくなっていたので、当然この話は流れた。
「夏夜もユイも何も言わなかったけど、同じ気持ちだったと思います。しかも夏夜は月人をうまい具合に話逸らしてくれたし」
あの話のあと、月人は「遊園地行ってみたい…」と寂しそうに呟いたので、夏夜がすぐに話題を変えて月人や同じような気持ちになっていた次女サラの意識を逸らしてくれた。あれは、この話がトバリに与えるダメージを懸念してのことだったはずだ。
きっと、夏夜もユイも同じような思いをしたことがあったはずなのに。
「……俺、気づいてやれなかった…家のこと、家事とかやるのに必死で…あいつらのそういう気持ちに、思い至らなかった」
父が亡くなり母が病院に世話になるようになり、家のことを急きょやることになったトバリは、正直日々の生活でいっぱいいっぱいだった。食事などの家事や、学校との連携、補助金の申請、様々な契約、そして自身の受験。高校生になってからは厳しい傑物の授業についていくのにも必死になっている。
だから、最低限、父が亡くなったことのケアをするために兄弟に寄り添うことで精いっぱいだった。
ぽろ、と頬を自然と涙が伝う。トバリはそれを止めるでもなく、ベッドに腰かけている膝にぽつぽつとそれが落ちていくのを見ていた。
左隣に座る真堂はそれを見て身じろぐが、特に何も言わなかった。
「…、すみませ…でも、なんか…月人が、クラスで他の子が手上げてる中で、自分だけ一回も手を上げられずに、どこにも行ったことがないことに気づいたとき…どんな、どんな気持ちだったのかな、って思ったら、俺、なんか…!」
悲しかったはずだ、どこにも行ったことがなくて、他の子は楽しそうに家族とどこへ行ったという話を聞いて。寂しかったはずだ、自分にはそういう思い出がなくて。
「上2人だって、同じようなこと、経験してるはずで…なのに、なんも言わずにいたのは、俺に気使ってくれてるからで…」
夏夜もユイも、友人との話題でついていけないことが多かったはずだ。もしかしたら友達に誘われたこともあったかもしれない。
それでも行きたいと今まで言わなかったのは、大変そうにしているトバリを憚ったからだ。そんな2人は、寂しい思いをする一方で、トバリには言えないとそれを封じてきたはずだ。その気持ちも察するに、トバリは悔しくて仕方なかった。
別に、自分が完璧だと思っていないし、そうなれるとも思っていない。だから、人がトバリの頑張りを認めて「仕方がない」と言ってくれるだろうことは容易に想像できた。事実、トバリはそんな余裕はなかったし、気づいてもどこかに連れていけたとは思えない。
だが、他人が許してもトバリが許せない。自分で自分を許せないのだ。理屈ではない。悔しいし、彼らにそのような思いをさせてしまったことが、悲しい。