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他人にしょうがない、よくやっていると評されても意味がないどころか嫌だと思うなんて自分でも面倒だと思う。それでも、トバリはそんな慰めの言葉なんていらなかった。どうしても自分を許せないことに変わりはないのだ。自分には到底できなかったことだと分かっていても。

だから、こんな話をしておきながら、真堂に慰められたらどうしよう、と思ってしまった。真堂なら、「家事頑張ってるいい子なんだから気にすることじゃない」くらい言いそうだ。
そう言われても嫌にしか思えなさそうな自分がもっと嫌になる。すると、黙っていた真堂が口を開いた。


「…俺さ、ちょっと嬉しいんだよね、今」

「…?」


よく分からないことを言い出したので見上げると、真堂は優しくトバリの目元の涙を拭う。


「俺の前でそうやって泣いてくれて。前言った通り、俺の前では我慢する必要ないって言ったの守ってくれてんだなって思ったら、トバリが俺と2人だったら感情を出していいって判断してくれてるってことだから、嬉しい」


涙を拭った真堂の手は、やはり頭を撫でる。いつものわしゃわしゃというものではなく、ゆっくりと、そっと撫でつけるようなものだ。言葉はなくとも、その手は明確にトバリの気持ちに寄り添ってくれていた。

ああそうか、とトバリは納得する。

真堂は、すべて分かっているのだ。トバリの気持ちが、そう単純なものではなく、自分には仕方のないことだったと分かっていながら許せないでいることを。そのために慰めの言葉を求めていないことも。
だから真堂は、「嬉しい」と言ってトバリが泣くことを改めて許してくれた。それはつまり、面倒な気持ちになって自己嫌悪すらしそうなトバリを、丸ごと受け止めてくれるということでもある。

そんなに号泣するようなことではなかったが、トバリは真堂にもたれて、静かにすすり泣く。前回よりもぎゅっとしがみついているが、真堂は気にせず、むしろそれでも足りないと言わんばかりに抱きしめてくれた。


「……よし、じゃあ行こうか、遊園地」

「………は?」


すると突然、真堂はそんなことを言い出した。思わず涙も止めて見上げると、真堂は真面目な顔で笑っている。冗談ではない。


「行こうかって…」

「来週の日曜。ちょっと混んでるけど、そこで行こう、ネズミーハイランド」

「や、でも、お金とか…」

「美紀ちゃんは無料だから6人分でしょ?割り勘すればいいじゃん」

「割り勘て、そんな先輩に出してもらうなんて、」

「はいはい」


真堂は強引にトバリを遮ると、トバリを抱き締めたままベッドに横になった。ぼす、と横にさせられ、真堂の腕の中に包まれる。


「ちょ、先輩、」

「俺が君らのこと連れてく代わりに、トバリはしばらく俺の言うこと聞くんだよ」

「パシリですか」

「そういうんじゃないけど、まあ色々。あ、そうだ、さっそく来週から俺の分の昼も作ってよ」

「へ、弁当ですか?」

「そ!その食費が俺が負担した分においつくまで作って」


ようは分割払いにして、現金ではなく弁当にして返済するということだ。まあそれならいいか、と渋々納得すると、真堂は満足そうに微笑む。


「決まりだね。まぁ、無理はしなくていいよ、毎週水曜だけでいい。そんで、他の子たちに予定空けさせてね」

「はい…」

「よし、じゃあもう寝な」


真堂に目元を覆われ頭を撫でられる。安心する匂いと心音、直接伝わる体温。その状況に落ち着かないわけもなく、安心感と泣いたことですぐに眠りに落ちた。







真堂は寝息を立てるトバリを確認したあと、そっと部屋を出る。泣いていたトバリは気づかなかったようだが、部屋の外に気配がしていたのだ。


「やっぱ君らか」


小声で言うと、目を赤くした夏夜とユイがこちらを見上げる。ぐす、とユイが鼻を鳴らした。
きっと、彼らはトバリが泣いているところを見たことがなかったのだろう。それが、自分たちのために泣いているものだから、つられて泣いてしまったのだと思う。


「…ほんと、優しくて素敵なお兄ちゃんだね」

「……そう、ですよ」


夏夜が声を震わせる。ユイは目元を拭うと、真堂に軽く頭を下げる。


「真堂さん、お兄ちゃんを泣かせてくれてありがとうございます。私たちのことばっかで、全然泣かなかったから」


大人びたところがあるこの2人だが、そうやってトバリのことを気に掛けていたようで、今日泣いているところを見て安心している。真堂は2人の頭をぽんぽんと撫でた。


「早く寝な。来週の日曜空けとけよ」

「はい、ほんとありがとうございます…あ、でも」


するとユイは突然真顔になる。隣の夏夜も同様だ。何かと思い手を引っ込めると、夏夜が続けた。


「感謝してもしきれないですけど、兄貴とそういう関係になるかどうかとは別なんで」

「お兄ちゃんとステディな関係になるのはすごく萌えるけど、ちゃんと私たちの査定を経てもらわないとお兄ちゃんは嫁に出せません」

「母より俺らの方が説得するの大変だと思うんで。そこんとこよろしくです。じゃあ」


スン、と涙を引っ込めてそれだけ言うと、2人はさっさと自室に戻っていった。呆然と見送ったあと、真堂は苦笑する。そして壁に脱力したようにもたれ、小声で呟いた。


「気付いてないのお前だけだぞ、トバリ」


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