放課後の教室
遊園地から帰ったあとも、トバリはしばらく悶々としていた。その週の水曜に真堂と会ったときは、真堂も普通にしていたのでトバリも特に意識しなかったが、ひとたび家に帰るとあの発言の意図が分からず考え込んでしまうのだ。
トバリと結婚したらということを考えていたから楽しかった、良い家庭を築けそうに見えるのはトバリといるからだ、ということを言っていたのは確かで、その言葉の意味するところ、というか、真堂の意図が読めないのである。
いや、さすがに、これを安直に言葉通りに受け取って真摯を探れば、トバリとそういう関係になりたいかのように見えるのは分かる。分かるからこそ、そんなことを真堂が言うのかと思ってしまうのだ。
同じ男で、ただの後輩でしかないトバリに。そう考えると、もしかしたら別の意味が含まれているのではないかとも思えるし、「俺と結婚したいんですか」なんて間違っても聞けない。本人に確かめられない以上、迷宮入りの勢いである。
そんなある夜、トバリは皿洗い中にコップを落として割ってしまった。鋭い音にリビングの弟たちから心配の声が上がるが「大丈夫」と返しておく。
片づけていると、キッチンの入り口にユイが現れた。
「お兄ちゃん、なんか悩んでるでしょ」
「…なんでそういうことすぐ気づくんだよお前」
「なぜなら私だから」
「圧倒的説得力…」
本当に小6かと疑いたくなる洞察力である。素直に認めると、ユイはさらに核心をついてきた。
「真堂さんのことでしょ」
「………」
「何言われたの」
なんだこいつ、とトバリはもはや恐怖すら覚える。ユイは確信しているようでもあった。その通りなので否定のしようもない。ここはもう取り繕うこともできないので、妹に頼るようで嫌だが、トバリは素直に言うことにした。
「…遊園地でさ、俺と結婚したらって想像して楽しかったとか。先輩が良い家庭築けそうに見えるのは俺と一緒だからとか言ってきたんだ」
「あ、むり」
すると突然、ユイはすっと安寧の笑顔を浮かべて床に崩れ落ちた。何事かと駆け寄ると、ユイは虚空を見つめる。
「ユイ、どうした」
「…お兄ちゃん…それは…言葉通りの意味でしかないよ…真堂さんも…むずかしいこと考えてないよ…素直になるのです…ぐふ、」
ユイはそう告げると、目を閉じて力をなくした。夏夜が特に心配したようでもなくこちらにやってくる。
「どした?」
「し、死んでる……」
「今週通算20回目くらいの臨終だから気にすんな」
この家は大丈夫なのだろうか、と長男ながら呆然とするトバリだった。
***
ユイの言葉に結局何も解決していないまま、傑物学園はテスト期間に入った。中間試験と違って範囲も広く難しくなる期末、トバリは特待生として維持するべき点数があるため、かなり頑張る必要がある。
特に、トバリは英語があまり得意ではなく、少しぎりぎりの水準だった。とりわけ最近は毎週水曜に2年に交じっていたため、1年のヒーロー科目の筆記も大変になっている。時間の取り方が難しかった。家事は相変わらずしなければならない。
「どっかで集中的にやるのがいいね」
経験者に話を聞こう、と思って、トバリは水曜に昼に真堂に相談してみた。中瓶は「大変そう」と言いながら自分のことで精一杯なのか、単語帳片手にパンを食べていた。
真堂はトバリが作った弁当を相変わらずゆっくり食べながら、真面目に答えてくれた。
「誰かに教えてもらいながら一気に片づける時間を設けるのがいいと思う。自分でやれない分をまとめてね」
「なるほど…」
いたずらに時間を消費することを避け、家事をする時間もある程度残すため、自分では厳しい部分をまとめて時間を取って済ませるべきだということだ。
「先生に頼めるかな…」
「そっこはヨー君に頼むべきでしょ〜」
誰か先生に質問に行くべきか、と考えていると、中瓶が真堂の肩を叩いて言った。この期に及んでそこまで迷惑をかけるわけにはいかない。
「や、そんなそこまでしてもらうわけには…!」
「俺は全然かまわないよ。少なくとも中瓶よりは手がかからないだろうからね」
「でも、先輩の勉強も…」
「一緒に勉強してるから大丈夫。俺だってさすがに、大丈夫じゃないことは引き受けないさ」
真堂は嘘はついていないようだ。優秀だと聞いているし、それなら少し頼ってもいいだろうか。あまり時間を取らせないように頑張ればいい。
「…じゃあ、よろしくお願いします」