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次の日の放課後、さっそくトバリは真堂と勉強することになった。場所は真堂の教室だ。なぜか2組一同は全員帰り、教室には誰もいない。残って勉強する者くらいいそうなのだが。
「よし、じゃあさっそくやろうか。何からやる?」
「あ、じゃあ英語で…」
事前に聞きたいことはリストアップしてある。時短のためだ。ノートのそのリストを見せると、真堂はうんうんと頷いた。
「皆苦手だよね、ここらへん」
「そうなんですか、俺あんま英語好きじゃなくて」
「それでこれしかないならさすがだね」
真堂に褒められるとどうしてもくすぐったく感じてしまい、とりあえず「はあ」と言っておく。分かったように真堂はトバリの頭をぽんぽんと撫でると、さっそく解説を始めてくれた。
「これ、前置詞プラス関係代名詞のとこは、何が分からない?」
「分からないっていうか…前置詞を後に残しておいてもいいってのが…」
「そうか。じゃあ、この英文見てみて」
真堂はノートに、This is the CD.という文章と、I looked for it for her.という文章を書いた。
「関係代名詞は二つの文章をくっつけることができるんだよね。これを関係代名詞which使ってくっつけると、代名詞が消えるからitがなくなる。するとどうなる?」
「This is the CD which I looked for…for her…あぁ、そういうことか」
「そう、前置詞が連続するね。こうやって、前置詞句を伴う自動詞を使ったときなんかに、関係詞に置き換わる目的語が消えることで前置詞が連続することがある。それが気持ち悪いから、こういう文法があるわけだ」
こういう「そもそも」の話はなかなか学校ではやらない。言われてみれば、この文法はきちんと意味があるもので、本来の用途を聞けば応用が利く。
「めっちゃ分かりやすいです」
「そ?それならよかった」
窓際で机をくっつけているからか、窓からの夏を匂わせる風が真堂の髪を揺らす。テスト期間で部活の声が聞こえないこともあって、静かな学校だった。
ふと、教室にも誰もいないため、やたら2人の声が響くことに気づいた。
そして同時に、今ここに2人きりであるということにも気づく。急に、トバリは目の前の真堂のことが意識されてきた。ユイが言っていたのは、真堂の言葉はそのままの意味だということだった。それならば、本当に、そういうことなのだろうか。
「……トバリ、トバリ!」
「うえっ、あ、はい、」
「どうした?呼んでも答えないから…具合悪い?」
「いえ!全然!」
「だって顔赤いじゃん」
「それは先輩と2人だから、です…あ、」
何言ってんだ。
トバリはつい口走ってしまった自分を呪いたくなった。しかも、顔に熱が溜まっている自覚はあったが、まさか赤く見えているとは。
「…へぇ、そうなんだ?」
真堂はからかうかと思ったが、どうにも読めない表情をしている。真顔、というほどでもないが、表情が読み取れない。
「…な、なんでもな、」
「日曜に言ったこと考えてた?」
「うぐ、」
図星であったため誤魔化すこともできない。そういえばあのときも後で話そうと言っていた。
「気にしてくれたんだ」
「……当たり前じゃないですか。先輩が知っての通り、俺ほんとは人付き合いに慣れたタイプじゃないんです、よく、分からないし…」
「…そうだね、こうやっていたずらに悩ませたくはなかったしなぁ。俺が男らしくなかったよな」
真堂は何か諦めたように、観念したように言った。見上げると、どこか凪いだような、しかし優しい顔をしていた。
そして、真堂はトバリの机の上に置かれた手を両手で包み込んで、視線を合わせた。
「…トバリ、」
「…、はい」
「………好きだ。付き合ってくれ」