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真堂にとってその後輩が特別になったのは、いつからか正直分からない。
真堂の告白の言葉を聞いて固まる目の前のトバリのことを、世界で最も愛しい存在だと思えるようになったのは、もしかしたら最近なのかもしれないし、もしかしたら一番最初からなのかもしれなかった。
放課後の教室は、テスト期間だからかいつもより余計に静かで、まるでこの空間だけ世界から切り取られたようだ。窓から入ってくる爽やかな風がトバリの繊細な黒髪を揺らし、カーテンが揺れて視界にちらつく。
真堂の大きな手に包み込まれたトバリの手は、少し震えているような気がした。先ほどまで赤かった顔は驚きからか普通に戻っていて、目は見開かれている。
「…最初は、面白そうなヤツだって思ったんだ。学校の人気者が不良よろしく暴れてるからさ」
あの人気のない校舎裏、まさか真堂がそこに面した部屋にいるとは思わなかったのだろうトバリが、まるで不良のように缶を蹴りつけて悪態をついているのを見かけたとき、その裏の顔にとても興味がわいた。
「だから、ちょっと知ってみたいと思った。それでも、トバリが強く拒否したらそれでよかったんだよ。本当は、あの場面を録音したりなんかしてなかったしね」
「…え、そうなんですか」
実はあのとき脅しの材料に使ったスマホには、トバリの悪態などまったく記録していなかった。完全なはったりである。別に非道な人間であるつもりもない、嫌ならそれはそれでよかったのだ。
「でも、思いのほかあっさりトバリが俺に時間くれるもんだから、まあせっかくならってことで教室に招待したわけ」
それでもきちんと時間を工面したトバリは、そのときから家の事情を少し匂わせていた。デリケートなところに突っ込む気はさらさらなかったが、そうして真堂に配慮する姿勢は、単なる不良の猫被りとは思えないような側面を感じさせていた。
「そしたら、料理上手だったり、家族思いだったり、他人への気遣いができたり、すげー良い子だったわけ。でも、俺に対して絶妙にむかつく言葉で煽りかけてくる。そのギャップが、ますます面白いと思った。なんていうか、俺に似てたんだよ」
思えば、周りに真堂のような人間はいなかった。ヒーロー科だけあって、皆根っからのいいヤツだったからだ。真堂は性格が悪いわけではないが、狡猾な側面があるし、口喧嘩とまではいかずともそういう舌戦ができた。
トバリは真堂同様で、計算高く頭が良いため口も回るし、真堂とそうしたコミュニケーションをとることができた。それが新鮮だったのかもしれない。そして、とてもとても、楽しかった。
「めっちゃ良い子で、でも俺みたいなところもあって。かと思ったら、褒めるとどうしたらいいか分からなさそうにしてさ。可愛いすぎるってか、なんかめちゃくちゃ甘やかしたくなったわけだ」
心優しいところもあれば、口汚く煽ることもでき、かと思うととても初心で可愛らしいところもある。そうしたギャップがあまりに魅力的だった。
「…そんで、あの釣りのとき。トバリのこと、最大限知りたいって思ったから、勇気出して踏み込んだ。そしたら、トバリはきちんと家のこと教えてくれてさ。あのとき俺は、誰も守ってくれる人がいないトバリのこと、守りたいって強く思ったんだ」
そして、真堂にとって心を休める場所でもあった釣りスポットに連れて行き、雨の中洞窟でトバリの事情を聞いた。ものすごく特別悲劇というわけではなく、残念ながら昔から一定数あった話ではある。でもそれが目の前の後輩に起きた出来事で、今もまだそれに囚われていると思ったら、救けたいと思った。
守りたいと、思ったのだ。
「その気持ちが恋なんじゃないかって思って、俺の家に来たトバリ見てたら、どんどんお前が煽るから、ぶっちゃけ俺はお前のことそういう目で見てんだなって自覚した。あとはもう、一直線。トバリのことが、好きで、愛しくて、たまらないって思う」
話を聞いているうちに、やっと言葉を受け止められたのだろう。トバリはだんだんと顔を赤くし、最後には目すら潤んでいた。それでも困惑の色も強い。
「…俺、は……」