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翌日、トバリは病院に赴いた。母が入院している病院であり、最低でも週に1回は通っているところだが、ここ数日はほぼ毎日来ている。昨日は、申し訳ないが弟たちを優先したので来ていない。
今日はトバリが母のことを見舞いがてら、兄弟たちの状況を報告することにしていた。
慣れたように受付に挨拶し、廊下を進んで母に宛がわれた病室に移動する。
静かに扉をスライドさせて開くと、中にいる数人の患者に会釈をしてから、一番奥のベッドに向かう。カーテンで区切られたそこには、女性が窓の外をぼんやりと見つめていた。
母、佐久子である。
「母さん、」
「トバリ…いらっしゃい、今日もありがとう」
替えの服を渡すと、自分で棚に移していく。下着などもあるからだが、佐久子は今はそこまで体調も悪くないので、なるべく自分でできることは自分でする。
「体調は?…っつっても一昨日ぶりだけど」
「ふふ、そうね。特に悪いところもないわ」
佐久子はおっとりと答える。父も柔和な人だったが、佐久子もそれ以上に温厚な人だ。だからこそ繊細で、父の死をきっかけに病がちになってしまったのだが。
佐久子が入院するこの病院は、家から電車に乗らなければならないため、夏夜以下の子供たちはなかなか会いに来れない。だからこそトバリがいつも子供たちの様子を報告するのだが、今日はいつもと少し違う。
「…1年、経ったな」
「……そうね」
ベッドに戻って腰かけた佐久子は、ため息交じりに答えた。そして先ほど同様、窓の外を見やる。
「…夏夜たちは、どう?」
「美紀以外とは、いろいろ話した。サラは、何となく悲しいって感じで、どっちかっつーと母さんに会いたがってたな。月人も、父さんのこと悲しんでから、反動だな、母さんに会いたがってる」
「そう…ユイたちは?夏夜も、大人っぽいから心配なの」
「2人とも泣いてたけど…それぞれきちんを前向いてたし、やっぱ下の子のこと自分も面倒見るって決めてるからな。立ち直るのは早いと思う。2人とも母さんに近々会いに行きたいってよ」
「やっぱりお兄ちゃんお姉ちゃんねぇ…」
それぞれ微妙に様子は違えど、時間に任せても大丈夫そうな様子に、佐久子は安心していた。
そして同時に、ひどく申し訳なさそうにする。
「…ごめんなさい、トバリ。本来は、私がそういうことをするべきなのに。母親として失格だわ」
恐らく、佐久子は1年が経ち、単なる父の死への悲しみから母親として不甲斐ない自分へのやるせなさの方が強くなっているのだろう。やはりそこは大人だ、気持ちに整理をつけるのは子供よりもうまい。
とはいえ佐久子も人間だ、それはそれで構わない。
「…あなただって、いいえ、あなたこそ、あの人との思い出も多くてつらいのに」
しかし佐久子は納得しない。そればかりはトバリにはどうしようもない、なぜなら佐久子は母親で、実際に腹を痛めて産んだ子供たちの心を、直接側で支えてやれないことは悔しいに決まっているからだ。
「…母さん、確かに今までは、俺は自分1人で父さんのことに折り合いつけたと思ってた。でも、学校で、めちゃくちゃ頼れる、一緒にいてすごく楽しいと思える、そんな人に出会えたんだ。先輩なんだけど、その人がいつも支えてくれてて…」
「よく話に出てくる人ね?」
「…まあ、そう」
トバリが学校の話をすると、必ず出てきてしまうのが真堂だ。仕方ない、それだけよく一緒にいるのだから。
「だから、俺は大丈夫」
トバリははっきりとそう伝えると、佐久子の手を取った。目を見つめて、言葉にする。
「大切な人の死から立ち直るのは、それぞれ方法も時間も違う。母さんは自分にフラストレーションがあるかもしれねぇけど…俺は、どんな母さんでも愛してる。それは、皆一緒だ」
前ならこんなこと、口にしなかった。愛情を直接伝えるようになったのは、きっと、真堂に出会ったからだ。思いを通わせて、心が通じることの大切さを知ったからだ。
佐久子は涙ぐんで頷いた。
きっと大丈夫だ。トバリたち家族は、ゆっくりとだが、前に進んでいける。そう初めて実感できた、1年目の今日だった。