君に寄り添う
見舞いに行った翌日は金曜日だった。
水曜日に父の命日だったので欠席したために、今週はまだ真堂に会っていない。
しかし、ユイたち兄弟は皆メンタルが回復しつつあり、もう直に命日前後の感傷的な心でなくなるだろう。佐久子も大丈夫そうだ。
となると、残るは、ということになる。
トバリとしても、きちんと自分のことを理解できるようになっており、そろそろ耐えられないな、と分かっていた。
金曜に2年のフロアに上がるのはテスト期間以来のことで、テスト期間でないために多くの生徒が残る放課後に向かうのは初めてだ。
注目されながら2組の教室に向かうと、中にはまだ真堂がいた。前の扉から中を覗くなりすぐに真堂は反応する。
「あれ、トバリ?どうした?」
週1で通っていることもあり、教室内の生徒たちはトバリに軽く挨拶をしてから、それまでしていたことに各自戻る。
トバリはその中を真堂のところまで向かう。真堂と話していた中瓶と真壁に会釈して、ようやく真堂の正面に立った。
背の高い真堂を見上げると、一気に安心感が込み上げてきて、分かっていたが足りていなかったのか、思っていたよりも強い感情が押し寄せて来た。
その衝動のまま、トバリは真堂に抱き付く。肩口に顔を埋めると、真堂は少し驚きつつも受け止めて、抱き締め返してくれた。
「ど、どうしたほんと」
「…一昨日、父の、命日で……」
一昨日、この地域の人々にとって忘れられない、あの事件から1年の節目。それが意味するところを理解した中瓶たちの息を飲む声が聞こえた。
真堂はといえば、言葉に詰まったトバリの言いたいことまで理解してくれたらしい。後頭部を撫でると、耳元で囁いた。
「ちょうど昨日から親が休みとって帰省してるんだ。俺の家来る?」
「……うん、」
頷くと、すぐに真堂は荷物をまとめて鞄を肩にかけた。いったん体を離して待っている間も、真堂はトバリと体が触れ合いそうな側にいてくれた。
「じゃあな、中瓶、真壁」
2人は手を振ってくれて、トバリは再び会釈だけ返した。何も言わず、茶化すこともなく、真堂に連れられて教室を後にする2人を見送ってくれた。先輩たちの察する力はさすがだな、といつも思う。
そうして2人は、真堂の家に向かった。
***
母と兄弟の心に寄り添ったトバリは、それが終わるまで押しとどめていた自分の気持ちを、ずっと締まっておくことに限界を感じた。前までなら気付けなかっただろう。真堂のおかげで初めてトバリは泣くことができたほどなのだ。
あの洞窟のとき以来、トバリは真堂の前でそうした感情を隠すことはしなくなり、真堂が家に遊びに来てくれたときも素直に涙を見せられた。
晴れて恋人となり、トバリはやっと、自分できちんと心の状態を理解することができるようになった。そして、真堂の教室まで行って縋ったのだ。それをすべて、真堂は正確に理解してくれていた。
つい最近訪れたばかりの、今回で3回目となる真堂の家は、すでに自宅以外で世界で一番落ち着く場所となっているようだ。玄関に入って、真堂の匂いに包まれた途端、ぽろ、とトバリの目から涙がこぼれた。
なんだかよく真堂の前で泣いている気がするが、真堂の前だから泣いているのだ。
真堂はそれに気づくと、トバリの目元を指で拭ってから、トバリのことをひょいっと抱き上げた。
「わっ、」
「靴脱がすよ」
抱き上げたまま、器用にトバリの靴を脱がすと、真堂は自身も靴を脱いで上がる。そのまま自室まで階段を上っていくと、ベッドに2人して倒れ込んだ。
ベッドの上というより匂いの濃い場所で、真堂の温もりに包まれる。その安心感はすさまじく、更に涙を誘った。
「…先輩」
「うん」
「先輩、せんぱい」
「ここにいるよ」
いわゆる腕枕の状態で逞しい胸元に抱き込まれ、頭上からそんな優しい声が落ちてくる。
佐久子の言う通り、一番年上のトバリは、父との思い出が兄弟の中で一番多かった。第一子ということで父も色々と試行錯誤していたし、失敗もあったが、それもすべて大事な思い出だった。
「トバリが長男だから、何にも心配いらないな」と笑って言った父のために、父が心配しないよう努力しようと死後誓ったことも覚えている。
母も入退院を繰り返すような状況の中で1人努力してきたトバリのことを受け入れて、愛してくれた真堂の支えは、あまりに頼もしく、そんな凭れられる人に側にいてもらえることはトバリの涙腺を溶かすのに十分だった。
何も言わずに頭を撫でつける真堂の温もりの中で、トバリはただ、自分の心が落ち着くまで過ごしていた。