chapter. 8−4


ルキウスは剣をしまうと、部屋を見渡す。


「…さすがにここでの会談、というのは埃が立ちすぎている。ロタリンギア王、場所を変える。護衛たちはここに待機していろ」

「今さっきの見て『はいそうですね』ってなるわけないだろ」


カストロが今にも殴り掛かりそうだったためラウルが代わりに言うと、ルキウスは少し迷ったあと、持っていた剣をベルトから外してポルクスに差し出す。


「ならば、この帝剣を預けよう。分かるな?東ラバルム帝国の皇帝の証は、帝冠と帝剣だ。ミクラガルズとともに失われた帝冠に代わり、アンティオキアから、俺が唯一守り抜いた皇帝の証。それを、貴様の剣技に預ける」

「…分かった。ポルクス、任せたぞ。『俺だけで』いい」

「は、はい。伏してお預かりしましょう、古きラバルムの皇帝よ」


ポルクスは緊張した面持ちで帝剣を受け取る。ずしりと重そうな剣の鞘には宝石がちりばめられており、ルキウスの言葉が嘘ではないとはっきり分かる代物だった。カストロも、ルキウスの本気を理解して食い下がることはしなかった。
また、ロビンもラウルの言葉でここに留まるだろう。


「行くぞ」


ルキウスはそれだけ言うと、貴賓室を颯爽と出ていく。慌ててラウルも追いかけて廊下に出ると、上等な絨毯の敷かれた長い廊下を奥へと向かった。
皇帝に宛てがわれた居室のようで、使用人の姿もない。後宮のような場所だ。

部屋に入ると、ソファーが対になって置かれたシッティングスペースと、天蓋付きの大きなベッドが鎮座していた。まさに寝室だ。まさかここまでプライベートな空間に案内されるとは。
といっても、ルキウスが本来暮らしているのはラティウムの王城であり、ここは借りているだけの部屋だが。


「楽にしろ。せっかくの機会だ、腹を割って話そうじゃないか」


ルキウスはニヤリとしてそう言ってから、どかりとソファーに腰を下ろす。ラウルも慎重に様子を窺いながら、対面のソファーに座る。


「ウェスティアの王は、自らが攻撃されることなど考えていないかと思っていたぞ」

「ウェスティア・オスティアにいる限りはそうだ。あんたが相手だから警戒した。古代ラバルム帝国の再興を目論んでいそうなヤツだからな」

「順当だな。話はロンバルディア公からも聞いている。お前、年齢に見合わず相当頭が切れるんだろう」

「さあな。こうしてあんたに直接会いに来るなんてのは、常識では考えられないことだろうけど」

「王が常識に留まりなんとする?我らは王として、民の、万物の命の上に立つ権利が与えられ、それに必要な力のすべてが与えられている。常識、価値観とは王が築くものだ」


尊大な態度で背もたれに体を預け、足を組んでこちらを見据える。値踏みというより観察だ。その瞳の色は、紫にも赤にも見える。
あまり長居したい場所でもない、ラウルはとっとと本題に入ることにした。


「…まぁいい。まどろっこしいのは好きじゃないんでな。本題に入ろう」

「いいだろう。で?本日は何用かな?俺への牽制か?ガリアから領土を奪ったことへの文句か?それとも、敗北して一人逃げ落ちた者を嗤いに来たか?」

「…?いや。軍事の話と金の話だ。ほかは別に…」

「……フハハハハハ!貴様、思ったよりもずっと『王』という機構に身を置いているな。気に入った、お前は人の上に立つ者だ。それで?何か提案があって来たんだろう」


いまいちこの男の琴線が分からない、と内心で呆れつつ、ラウルは本題を口にする。


「まず、ウェスティアとオスティアの現在の国境と国際情勢は理解しているな?」

「いずれ一つになるものだ、関心などない。俺が知っているのはロタリンギア王、貴様のことだけだ。同じラバルムの血を引く者の国以外など、滅ぼす予定であるという事実以外には不要だろう」


やはりこの男、ウェスティアとオスティアのすべての国を併合して、かつてのラバルム帝国を再現するつもりだ。それ自体は想定済みだが、この男の実力なら恐らくギリギリ可能だ。
それを回避するためにここまでやってきた。


「じゃあ一応触れておいてやる。現在、ウェスティアには6か国、オスティアにはグラエキアを1つの国として5か国が存在し、どちらでもない島国のブリタニアとヒベルニア、そして北のノルディアが存在する」


最大の面積を誇るのがポルスカ=ルテニア連合王国で、元いた世界の地理で言えば、ポーランド・ベラルーシ・ウクライナ・バルト三国南部・ロシア西端にあたる土地を統治している。
バルト三国北部・サンクトペテルブルク周辺・フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・デンマークにあたる北欧地域はノルディアの領土だ。
このほかのオスティア国家は、モルドバ・ルーマニア東部・ブルガリア東部にかけてを支配するアヴァール王国、ブルガリア西部からセルビア南部にあたる高モエシア王国、アルバニア・モンテネグロにあたるイリュリア王国、ギリシャ・マケドニアにあたるグラエキアのエグナティア連合共和国となっている。

ウェスティアでは、ドイツ・スイス・チェコ・スロバキア・オーストリア・ハンガリー・ウクライナのザカルパッチャ州・ルーマニア西部・セルビア北部・スロベニア・クロアチア・ボスニアヘルツェゴビナを支配するゲルマニア王国が最大の面積を誇る。
次にガリア王国が、グラン=テスト地域圏やノール県南部、フランシュ=コンテ地方を除くフランスの大半と、ベルギー北部、スペイン北部から東部にかけてを支配している。
ロタリンギアはオランダ・ベルギー南部・残りのフランス東部地方・ルクセンブルク・ドイツのラインラント地方とザール地方という南北に細長い緩衝地帯となっている。
そして、新たに新ラバルム帝国なる国家が成立し、フランスのニースとコルシカ島を含むイタリアにあたる地域を領土とする。

このほか、ポルトガルからスペイン西部にかけてがルシタニア王国、スペイン南部がバエティア王国となっている。


「旧西ラバルム帝国から分裂したのがガリア、ゲルマニア、そしてロタリンギア。ガリアはブリタニアと400年以上、2度にわたり戦争をしていた。ゲルマニアも、ブリタニアとの間に領土問題を抱えている。そして、ガリアとゲルマニアはロタリンギアの分割併合を狙っている」

「なるほど。ロタリンギアの王冠を得て、ガリアとゲルマニアのどちらが西ラバルム帝国を再建できるかを競っているわけだな」

「そういうこと。だから俺は、ガリアとゲルマニアがロタリンギアを舞台に衝突するのを防ぐために、国内改革の傍ら外交関係に奔走したわけだ」

「ほう?戦争を回避するためか」


ルキウスはやはり、少ない言葉ですべてを理解する。コンスタンティノスもそうだったが、武人であり武将である彼ら東ラバルム帝国の皇帝は、本当に頭も腕も立つということだ。


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