chapter. 8−6
ポカンとしたルキウスの表情は、恐らくこの男では滅多に見られないであろうもので、ラウルは頓珍漢なことを言った自覚がありながらもこれが真実であるため、顔に熱が上がるのを感じながら視線を逸らした。
「…クク、フハ、フハハハハハッ!!惚れた相手の同盟国だから、ゲルマニアと結んで攻撃することはないと、少なくともそう思わせる王ということか!!笑い殺すつもりか?愉快にもほどがあるだろう!」
文字通り腹を抱えて笑うルキウスに、ラウルはため息をつく。本当に馬鹿馬鹿しいが、事実、ロタリンギアと新ラバルム帝国が同盟関係にある状態でゲルマニアとともに新ラバルム帝国に攻め込めば、シャルルは間違いなく、ラウルとの婚姻の道が断たれることを懸念するだろう。それに、シャルルならきっと、そうやって戦争が起こることを避けようとしているラウルのためにも、不要な戦争を極力回避してくれる。
むしろ、ゲルマニア単独で新ラバルム帝国に突撃させ、ロタリンギア同盟から袋叩きに遭って弱体化してもらった方が得策だ。
「…はァ、これほど笑ったのはいつぶりだ?少なくとも、シュリア総督時代はありえなかっただろうよ」
目じりを拭って言ったルキウスに、ラウルは気になっていたことを聞いてみることにした。どのみち、こちらの言いたいことは大方言い終えた。
「……なぁ、なんであんたは、ミクラガルズが陥落したあとも戦い続けたんだ?帝冠はコンスタンティノスが持っていた、だからミクラガルズが陥落したときに帝冠もパールスの手に落ちた。もうひとつの帝位の証、帝剣はあんたが持っていた。その理由も」
「…なに、難しいことではない。もとより、俺とコンスタンティノスの父が政敵として争っていたころ、どちらが正当か競い、その過程で帝冠と帝剣は両家に分断された。ラティウム=ミクラガルズ家には帝冠が、ラティウム=アンティオキア家には帝剣が。一応争いはコンスタンティノスの父の勝利に終わり、あいつは帝位についたわけだが、帝剣はまだアンティオキアに残されていた。しかしそれを帝都に戻す前に、パールスの電撃侵攻が始まった」
「……実は、コンスタンティノスは帝都陥落後、部下の懇願に応じてロタリンギアに亡命した。今は下ロタリンギア公をやってくれている。あいつは、ルキウスが後を託されてくれると理解していた。ルキウスは、侵攻が始まった段階で、もしものときには帝剣を根拠に帝位につく覚悟をしてたのか」
コンスタンティノスは帝冠も持たず、身一つで脱出し、命を落とす寸前でウェスティアに漂着した。ミクラガルズは無血開城されており、市街地にあまり被害は出ていないと聞いているが、帝冠がどうなったかは分からない。
なんにせよ、コンスタンティノスはルキウスが後は何とかしてくれると信じているようだったし、事実そうなった。結果、帝国は滅亡してしまったが、ルキウスは最後まで戦った。
ルキウスは再び背もたれに深く身を預け、腕を背もたれにかけて天井を見上げる。
「まぁ、な。当然だ、東ラバルム帝国を守れるのは俺とあいつだけだった。2か月、あの巨大な帝都を包囲戦で守り抜けたのは、コンスタンティノスだったからに他ならん……俺には、守る戦いではなく、攻める戦いが向いている。最初から負け戦だったんだろうよ」
自嘲気味に笑うが、それもきっと、この男には珍しい所作なのだろう。唯我独尊を地で行くような性質の人間だ。こういう表情をしているのは、パールス帝国に完膚なきまでに敗北した事実を受け入れているからか。
「それでもルキウスは戦った。エトルリアをこうして打倒したように、あんたならシュリアを堅持することは不可能じゃなかったはずだ。特に、東はほとんど砂漠で敵軍が侵攻することは難しい環境だ、北の短い国境線とブラヌン川だけに集中していれば難しいことでもなかったんじゃないか」
シュリア、ラウルの元の世界でシリアにあたる地域は、国土の東半がシリア砂漠に覆われている。北東部のユーフラテス川沿いにはオアシスが点在し、北部のトルコ国境は比較的緑も多く豊かな平野と丘陵が続く。
ユーフラテス川をこの世界ではブラヌン川と呼ぶが、要はこのブラヌン川沿いと北部にだけ集中すればよかったはずなのだ。南側にはエジプトにあたるミスル王国が、南東部にはバビロニア王国が広がっていたこともある。
ルキウスはこの質問を当然見越していたようで、特に表情も変えずに答える。