chapter. 8−7
「これも簡単なことだ。裏切り、ただそれだけだ。将軍たちは…俺が仮初の帝位にしがみついているように見えたらしい。もう諦めろと、ラバルムの時代は終わったのだと言って、防衛線を解放した。パールス帝国は容易に北部から侵攻し、あっけなくアンティオキアは陥落した」
「な…血筋は本物、帝剣もある、実力だって申し分ないはずなのに、しがみつく、とか…」
「ミクラガルズが陥落した時点で、もはや帝国にはこれ以上の抵抗をする気力は失せていたのだ。最後の正当な皇帝は消えた。死んだと民は噂した。あいつの高潔さは有名だったからな。今更俺が僭称したところで…シュリア地域だけを残してわずかに残る帝国の姿は、耐え難いものだったらしい」
みっともなくもシュリアに残存するだけの廃墟のような国に成り下がるならと、将軍たちは防衛線を自ら明け渡した。ルキウスのカリスマ性をもってしても、帝都の陥落という衝撃が、もはや帝国の人々から反抗する気力を奪い取ってしまっていたのだ。
「……諦めなかったのは、あんただけだったんだな」
「当然だ。皇帝が諦めてどうする。我が血筋は古代より連綿と続く聖なるもの。民を、国を、ラバルムの名を守る使命があり、それがあるからこそ我らは民と国を統べるのだ」
この男は、「自分」である前に「皇帝」だった。周りからなんと言われようと、権力にしがみついているのだと罵倒されようと、それでもラバルムの名を守るため、国を守るために、最後まで戦った。
それに、もはや東ラバルム帝国の人々はついていけなかったのだ。
ならば、もはやラウルしかいない。
「…俺から言われても、と思うかもしれないが。どうしても言わせてほしい」
「…?」
ルキウスは視線をこちらに向ける。先ほどまでのギラついたものではなく、鈍い色をした瞳と目が合った。
「……ありがとう。同じラバルムの血筋として礼を言う。あなたのおかげで、東ラバルム帝国は、その終わりを『妥協』ではなく『矜持』の中に置くことができた」
「ッ、」
「我らが始まりの国たるラバルム帝国の名前を最後まで守り抜いてくれて、ありがとう。生きて、再び古きエトルリアの地にラバルムの名を冠する国を興してくれてありがとう。あんたが最後まで、そして今の今まで踏ん張ったから、今も紡がれ続けている歴史に、ラバルムの名が残っているんだ」
呆然としたあと、ルキウスは僅かに視線を落とす。10歳差だと聞いているが、体格も年齢も遥かに上のこの男が、不思議とどこか、幼い様子を見せているような気がした。
「…感謝や、報酬や、栄誉はいらなかった。ただ、俺は……」
ぽつりと言葉が落ちる。覇気をなくしたわけではない、どちらかと言えば、思わず漏れ出ているというような声だ。
「…ただ、共にラバルムの永遠を目指す者に、お前のような誰かに、隣に立っていて欲しかった」
そうか、とラウルは理解する。
ルキウスはパールス帝国に敗北したことや東ラバルム帝国が滅びたことそれ自体ではなく、その決定打が諦めた者たちの勝手な降伏による裏切りだったことに、深い悲嘆を抱えていたのだ。
だからルキウスは最初にあれほど攻撃的な姿勢を見せたのだ。西ラバルム帝国を継承した国の王に、その気概を確かめたかったのだろう。
「……今は、いくらか近いところに、俺がいる。俺は、戦争をするつもりはない。民の暮らしと安寧を守るために俺という王がいる、だから戦争を起こさないようにするために立ちまわっている。でも、それが俺の戦いだ。武器を使わず、外交と通商で、俺は西ラバルム帝国の帝冠を軽んじるガリアとゲルマニアを圧倒する。そのためにも…あんたが必要なんだ、ルキウス」
ルキウスはこちらをじっと見つめる。だんだんと、その紫の瞳に意思が滲み、再びギラギラとし始める。
なんのスイッチが入ったのか、と思ったそのとき、ルキウスは突然立ち上がった。
「遠慮する必要はないぞロタリンギア王、いやラウル!」
「え、」
「いくらか近いところ?いいや、ラティウムとレッツェの距離は遠すぎる。よってお前は俺の隣にいろ。すぐ隣にだ。分かるだろう?ガリア王などではなく、俺の嫁になれ、ラウル!!」
「………は?」
次はこちらがポカンとする番だった。ルキウスはドヤ顔でニヤリとすると、おもむろにラウルの脇の間に手を差し込み、思い切り抱き上げる。
いきなり視界が高くなり、ラウルは驚いて声を上げた。
「ちょ、何して、」
その言葉も終わらないうちに、ルキウスはラウルの体を天蓋ベッドのシーツの上にふわりと下ろした。そのままシームレスにラウルの上に乗り上げると、天蓋越しにラウルを至近距離で見下ろす。