chapter. 8−8
「西ラバルム帝国の皇帝家のお前、そして東ラバルム帝国の皇帝家の俺。これ以上に最適な婚姻関係がどこにある?ああそうとも、簡単な話だ。お前が俺の伴侶となれば、すべて解決するというのになァ!」
本気で言っているらしく、ルキウスは笑みを深めながらラウルのマントを留めるサファイアのブローチを外す。するりとシュミーズの襟が覗く首筋をなぞられ、びくりと震えた。
「バッカ早まるな!つかなんで俺が娶られる前提だよ!ウェスティアでは俺の方が立場上だが!?」
「何を言う、お前が我が子を宿す方がいいだろう!なんかその方が!ぐっとクる!!」
「ぜってー嫌だ、お前すぐ手ぇ上げそうじゃん!ロタリンギアで家庭内暴力は重罪だぞ!」
そう言うと、ルキウスは動きを止める。こんな言葉で聞くのか、と思ったが、ルキウスは今度はいくらか悪性の減衰した笑みを浮かべた。
「…案ずるな。俺はただの政略結婚の話をしているのではなく…ただ、お前と共に在りたいと思っただけだ。俺は基本的に他者を抑圧し支配する人間だが、対等なお前は別だ。慈しみ、格別の愛をくれてやろう」
無骨で大きな手がラウルの頭を撫でて、低い声が優しくそう告げる。悪魔の囁きか何かか、と思ってしまったが、どうやらこの男は本気で口説いているようだ。間近に迫る瞳が雄弁に、ラウルを求めているのが否応なしに見えてしまっていた。
「俺はお前が欲しい。隣に、そして腕の中に」
大きなマントがルキウスの広い背中からシーツに垂れ、まるで四方を壁となって囲っているかのようだ。そのマントの壁の中、さらにルキウスの腕に抱き込まれる。
「あー…その、別に、嫌、とかじゃねぇ、けど…今はまだ、そういうこと、考えられない、っていうか…」
つい、しどろもどろになって答えると、頭上からくつくつと笑う声が落ちてくる。
「お前は、案外こういうところは初心なのか。あれほどの啖呵を切り、それを裏打ちする確かな国家運営をしておきながら」
「そ、それとこれとは別だろ」
「まァ、あれだ。かわいいな、お前は」
からかうでもなく、心から思ったのか、気の抜けたような素の声音でそう言ったルキウスに、思わずラウルも顔に熱が集中する。それを見て、ルキウスもラウルにどういう攻め方をするべきか理解したらしい。
「…なァ、本当にダメか?」
「うぐ…っ、お、前、それ、わざとだろ…」
「俺はお前がいい、お前に我が隣を埋めて欲しい」
自分で言っていた通り、攻める戦いの方が向いているとはまさにといったところか。最初のはともかく、今はからかい半分でやっているのだろう。それでも、この男に素(という名の演技)を見せられるだけで心が動く。
ここにきてラウルはようやく、転移魔法によってベッドを抜け出て、すぐ脇の床に降り立った。マントはシーツに残っており、そこまで気が回っていないあたりラウルも動揺している。
ルキウスは特に怒りもせず、ベッドの上であぐらをかいて座る。
「お前も律儀な奴だな。早々にそうやって逃げてしまえばよいものを」
「…いつでも逃げられると思うと、案外すぐ行動に移さないモンだな。気を付ける」
「いずれ俺のもとこそ居場所となる」
「うるせぇ」
顔を逸らしてすげなく返すと、やはりルキウスは楽しそうに笑った。ただ、この部屋に来る前のものに比べて、まったく邪気がない。「皇帝」ではない姿、なのかもしれない。
ルキウスもベッドから降りると、ラウルのマントを雑に手に取る。とりあえず受け取ろうとしたが、ルキウスはわざわざ広げて持った。
「未来の伴侶だ、丁重に扱わねばな」
「しばくぞ」
「できるものならな」
暖簾に腕押しのため、ラウルは仕方なく、ルキウスに背中を見せるようにしてマントを羽織る。ルキウスは後ろから腕を回してラウルの正面でブローチを留めると、そのまま後ろからラウルを抱きしめた。
身長差と体格差によって包まれているような形だ。
そのまま、後ろで口を開く。
「同盟の話、受けてやろう。俺としても、これ以上の国土の拡大は容易ではないと理解している。北エトルリアを取り返そうとガリアが侵攻する可能性も、それに乗じてゲルマニアも攻めてくる可能性も考慮していた。俺は行けると判断すれば戦を起こす。だが、それまではお前の同盟に甘んじてやる」
「…分かった。頼りになる」
「それとは別に婚姻のことは考えておけ。まァ、考えるまでもないだろうがな」
「はいはい」
また変なことになってしまったが、なんにせよ、最も難しい交渉を予想していた新ラバルム帝国との同盟は成功した。これをもって、ロタリンギアの安全保障は外交面で完全な状態となった。
あとは経済面での細かい話をすることになるが、今後の問題は、ここまでのことをやったロタリンギアに対して、ガリアの保守派貴族やゲルマニア王ルートヴィッヒが相当にキレているであろうことだ。
準備は整った、あとは、正面から喧嘩を売られるのを待つだけだ。