chapter. 9−1
ルキウスとの会談を終え、新ラバルム帝国との密約を交わしたラウルは、今後の正式な同盟締結に向けての事務処理を進めていくことで一致し、ロタリンギアに帰国した。
他国と異なり、新ラバルム帝国は明確にガリアやゲルマニアと敵対関係にあるため、両国との国境が閉鎖されていることから、ロタリンギアからの書簡を送ることができない。どうしても、ロタリンギアから新ラバルム帝国への街道はガリアかゲルマニアを通過することになるためだ。
アンドウェルピア港から船で大回りしてバエティア王国を経由する方法もあるが、それでは遅々として進まない。
結局、ラウルは何度か手続きのためにルキウスのところに転移して直接話をすることになっている。
ルキウスがラウルに本気で求婚していることを知ったカストロは烈火のごとく怒ったものだが、ロタリンギアのために必要なことだと言い含め、必ず双子を帯同してラティウムに転移することで納得してもらった。
正式な手続きが完了するまで、新ラバルム帝国との同盟は他国には秘密だ。一応、アーサーやカドック、アナスタシア、マンドリカルドといった国のトップには内々に知らせてあるものの、ガリアやゲルマニアには当然黙っている。
これを明かせば、間違いなく、特にゲルマニア王ルートヴィッヒは激怒することだろう。ウェスティアの宗主権は形骸化しているにも関わらず、それを再興するかのように立ち回るラウルに苛立っている様子であるし、そのうえ潜在敵国である新ラバルム帝国との同盟ともなれば、ほぼ敵対関係にあると認識されてもおかしくない。
とはいえ、こちらも座して待っているわけではなく、外交戦略に並行して、国内でも着々と準備を進めている。
その最たる例が、常備軍の設立だ。
「調子はどうだ、コンスタンティノス」
「ああ陛下、よくぞいらした」
コンスタンティノスは相変わらず秀麗な顔でにこりと笑う。だが、その向こうには扱かれたのだろう兵士たちがへとへとになっていた。
ここは下ロタリンギア公国トクサンドリア伯領の首都、ブリダー市。元の世界ではオランダのブレダにあたる都市であり、北西一帯はモース川の河口湿地帯となっている。街道を北に進めばモースラント辺境伯領の首都トゥレドリス、南西に行けばスヘルトラント辺境伯領の首都ベルギス、そして南に進むとアンドウェルピアやロヴェンがある。
西から北にかけてはフリジア公領となるが、同時にそこはスヘルト川、モース川、レーヌス川の巨大な河口域が延々と続く湿地であり、フリジア公領の中心都市トゥレドリスやドレスタッド、ノヴィオマグスと、下ロタリンギア公領の中心都市ロヴェンやアンドウェルピアといった大都市すべてと街道で直通する。
そんな交通の要衝に、ラウルは国内最大規模の軍事訓練施設を建設した。
公務の間にそこで総合訓練の指揮を執るのはコンスタンティノスであり、涼しい顔でえげつない訓練をしていると聞く。
視察に訪れたラウルに気づいた兵士たちは、慌てて膝をついて礼を示そうとしたが、何人かはよろめいていた。
申し訳ないことをしたな、と思いつつ、これでは兵士たちが休めないため、ラウルはコンスタンティノスとともにいったん建物に戻る。
薄暗い質素な廊下に入ると、コンスタンティノスは難しい表情を浮かべる。
「やはり練度を私の指揮したミクラガルズ防衛隊の水準まで引き上げるには時間がかかる。とてもじゃないが、今のロタリンギア軍ではゲルマニア軍に太刀打ちできない」
「だろうな。ガリアもゲルマニアも、ヒスパニアやパンノニアで実戦をやったばっかだ。ロタリンギアは5年前のガリア戦争終結から実戦経験がない」
「それもあるし、指揮官が不足している。私はどうしても公務があるからね、かかりきりになれない。専門の高度な指導官がいればいいのだが…」
「どっかから引き抜くしかないな」
国内でそんな人材を見つけることは不可能だ。どこかからヘッドハンティングして人材を確保する必要がある。